十四組目(εξορία・エクソリア)
タナトスとエクソリア。その星の意味を知る者はいない
「それでは、双方合意のもとでの婚約の解消でよろしいですね」
エクソリア星の執行官が二人に告げ、婚約は解消になった。
「今までありがとう。忘れないよ。ヘカテ」
「何もしてあげられなくてごめんなさい。モロス」
そう言ってヘカテは顔をしかめた。
「それにしても、婚約という制度が残っているのはこの星だけなんじゃないかな」
「そうね。タナトス星には、もう婚姻という制度すらないと従兄弟が言っていたわ」
そう言った男も女もこの星以外のことは知らなかった。
エクソリア星の統治者が決めた婚約だったが、モロスは15歳の時までに魔力が現れることはなく、今度来るタナトス星の船に乗ってタナトス星に行くことが決まっていた。
本来なら、魔力検定不可の裁定が下った15歳の時点で婚約の解消をするべきだったのだが、ヘカテが一縷の望みをかけてくれたせいで、17歳に成る今の今まできてしまったのだ。
だが、来週にはタナトス星の船が来てしまう。それを逃せば、また3年後まで僕はこの星の厄介者として暮らさなければならない。そして、それは許されないことでもあった。
「よかったら、連絡を頂戴」
「新しく決まる婚約者に悪いよ」
「そう。ならタナトスに着いたら、これを従兄弟に渡して」
少し寂しそうに彼女は言うと、従兄弟の妹夫婦と子供の写真を渡した。そして、恥ずかしそうに自分の写真も。
「これは、あなたが持っていて。必要としなくなるまで」
ヘカテの従兄弟は、今から三年前に来た船に乗ってタナトスに行ったという。
時々、定期連絡が入るらしいが、星と星の間にフレア(太陽)が入るため、雑音が酷いという。
タナトスとエクソリアは、船で一週間もあれば着く距離しか離れていなかったが、公転の関係で3年に一度しか近くに寄ることができなかった。
その為、そうそう行き来ができる星ではなかった。近くて遠い星。それがタナトスだったのだ。
近所の年寄りが言うには、二つの星の住人は、遠く遠く遥か昔、もうその座標さえ誰も知らない、同じテラという所から移り住んできた同胞であったらしい。なぜ、自分の星を捨ててこのエクソリアに来たのかは、もう誰も知らないけど。
タナトスには魔力のない者が、エクソリアには魔力を持つ者が、それぞれ降り立った。
たまたま降り立った時は近くだった星が、3年に一度しか交流ができないとは、その当時の人たちも驚いたことだろう。
モロスが生まれたエクソリアという星は、自然には溢れていたが、魔物が住む過酷な環境にあった。
この星に到着した当初は、髪の色も眼も肌の色ですらまちまちだった人類だが、長い間、この星特有の濃い瘴気に当てられて、エクソリアの全ての者は、肌は青白く、髪の毛は緑に変わり、瞳は金色に変化していった。
この街で一番長生きしている長老が言うには、昔見た、テラから持ち込まれた本にあるエールフという妖精に似ているらしかった。とは言っても、長老は、もう数百年は生きているので、その本はすでに現存はしていないから知りようもないが。
魔物と言われる原住の生き物と暮らすには魔力が必要だった。だが、皆が魔力を持っていると言っても、一定数の割合で魔力がない、僕やヘカテの従兄弟のような人間が生まれてきた。
その魔力のない人間をタナトスが引き受け、反対に、タナトスに魔力を持った人間が生まれたらエクソリアで引き受けるという約束が、この星にたどり着いた時からできていた。
だが、いつの頃からかタナトスから来る人は減り、今ではエクソリアから出て行くだけになっていた。
魔力で全てをこなしてきたエクソリアは、タナトスのように科学の発展がなかった為、宇宙船のような星から出る手段を持ち得なかった。
ただ、いつの時代においても、強い魔力を持った者が転移・転送を試みようとしているが、一度として成功することはなかった。
それは、魔力を持ったものがタナトスに行くことができなかった為、情報が少なすぎて座標がイメージできないせいと言われていたが、モロスは、一番の原因は、魔力ではこの星から出ることができないからでは。と思っていた。
それは三年に一度来るタナトスの船にすら転送することができなかったからだ。
婚約解消から1週間後、僕は首都にあるポートと呼ばれる船着場に一人で来ていた。
ポートには本人以外は入れないことになっていた為、両親や兄弟、親戚、仲のいい友人、そして元婚約者とのお別れは前日に済ませてあった。
悲しかったが、反面、お互いにホッとした部分もあった。
ポートには、僕の他にも15歳から18歳と思しき男女が数十人いた。
正直、こんなにも魔力のないものがいたとは、考えもしなかった。
他には、エクソリアで言うところのオートマタしかいなかった。
エクソリアでは、錬金術士が操る、土や木などでできたオートマタしか見たことがなかったが、ここにいるのは鈍く光る銀色の金属でできたオートマタだった。
動力源はなんだろうか?ここには魔導師も錬金術士もいないのに。中に魔石が入っているのだろうか。そんなことを考えていた。そして『タナトスに着いたら聞いてみよう』と僕は思った。
ポートにはすでにタナトスの船が来ていて、僕たちが乗り込むのを待っていた。
船は卵を潰したような、ガリオンの繭に似た形をしていた。色は白のような銀のような不思議な色をしている。
触ると表面はすべすべで継ぎ目や突起は一つもなかった。
タナトスは魔力がない分、《科学》というものが特化していると聞いたが、本当だったのだと思った。
魔力ではない科学。早くそれを知りたくもあった。
中へ乗り込むと、一人に一体のオートマタがついた。慣れない生活をサポートするためのガイドらしい。そう渡されたパンフレットに書いてあった。
オートマタに案内されて船内の部屋に案内された。
始め、船に乗り込んだ者たちで集団生活をするのかと思ったが、一人に一部屋与えられていた。
部屋はベッドと机、それに湯浴み用の風呂とトイレが付いていて、エクソリアの自分の部屋よりはるかに広くて快適だった。
1週間、この船内で過ごすことを考えても十分な待遇だと思った。
タナトスに着くまでは、検疫の関係上、僕とオートマタで過ごさなくてはいけないらしい。
日記をつける習慣はなかったが、暇を持て余すよりはいいと思い、持参した手帳に書くことにした。
何年、何十年か後に読み返してみるのも悪くはないだろう。
□ □ □ □ □
1日目
見送りのない片道だけの旅立ちであった。
ぼんやりしているとオートマタが《大気圏》というものを出たと教えてくれた。
なんの音もなく発進していた船は、気が付けばエクソリアの遥か上空に出ていた。
窓から見えるエクソリアの星がだんだん小さくなっていく。薄いグリーンに滲んだ瘴気をまとった星。一度も見たことのなかった、海と呼ばれる水の土地が陸の右手に広がってるのがわかった。
そして驚いたことに、窓の外はずっと夜だった。
船に乗り込んだ後、全身の洗浄が行われ白いワンピースのような服にズボンという服を渡された。
今まで触ったことも見たこともない生地で縫い目もなかった。これもタナトスの科学という物なんだろうか。
そして船内は裸足で過ごすということだった。どうやらこれがタナトスでの一般的な服装らしい。
エクソリアで着ていた色とりどりのベストやチュニック、魔物の皮でできた柔らかなブーツは没収され処分されるようだ。
タナトスに原因不明の病気を持ち込まないためだと聞けば、諦めるしかないようだ。
この日の為に父と母が用意してくれたのだけど。
部屋は快適だった。暑すぎも寒すぎもしないちょうどいい温度で裸足でも問題はなかった。
床が柔らかくて暖かいのは、どういう仕組みだろう。
快適だが、全く音がしないのが寂しい。後で音楽をかけてもらえないかオートマタに聞いてみよう。
食事は部屋でとった。と言うか、部屋から出られないようだ。
タナトスに入国する条件である検疫というものの為に、他の人との接触は禁止ということだ。
出発前にオートマタより予防注射というものを初めて受けた。今も体が重く、1日中寝たり起きたりだ。辛い。
2日目
昨日の倦怠感が嘘のように、今日は体が軽い。
オートマタから検温というものをされる。口の中に変な棒が突っ込まれた。
味のない棒は正直不快。
今日から、タナトスでの暮らしに慣れるための講習をオートマタより受けることになった。
星は違うのに、言葉は多少の差異はあるもののエクソリアとほぼ一緒だった。
貨幣通貨の単位と価値、社会情勢や生活環境など、言葉以外は今までの生活とは180度変わると言っても良かった。
暫くは、施設のようなところで暮らして、適性検査を受けた後、専門的な職業訓練を受けると教えてもらった。
初めは、なぜ魔力を持たざる者と持つ者が一緒に暮らせないのか不思議だったが、今はなんとなくわかるような気がした。
講義の後は、夕食まで窓の外を飽きもせずに眺めていた。星の中を漂っている自分が不思議だった。
夕食の後、短い時間ではあったが、家族と話す。父や母の元気な姿になぜか感傷的になった。まだ2日しか経ってないのに。
話すことはそう多くはないが、窓の外はずっと夜なこと。星がたくさん見えること。そして海という土地があるということがわかったこと。講習のことなどを話した。
タナトスに入国すれば、暫く連絡が取りづらくなるらしいと告げ、また明日、連絡すると言って映像を切った。
嬉しいことにヘカテが来ていた。
3日目
今日はタナトスの婚姻制度について学んだ。
ヘカテの従兄弟が言っていたように、婚姻制度はなく、気のあった男女が一緒に暮らす。
子供が生まれれば、自分で育ててもいいし、当局に預けて集団養育ということもできるらしい。
大体、2〜3年暮らして別れるのが一般的だと教わった。
あまりにもエクソリアと違いすぎて戸惑った。
エクソリアは統治者が婚約者を決めるが、一度婚姻してしまえば死ぬまで伴侶を変えることはない。
父と母と話をする。今日は弟もいた。
ヘカテはちょっと遅れてきたので、少ししか話せなかった。
4日目
タナトスに住む人々は、僕たちと違い、肌、髪、目の色が人によって違うと教わった。
エクソリアでも、髪の毛や瞳を服に合わせて魔力で変えるのが流行っているけど、それとは違うのかな?
肌の色が違うというのもピンとこない。
オートマタに聞いても、そこまでの情報は持ってないようだった。
トレーで出てくる食事には、もう飽きた。
母の作るポポフが食べたい。
タナトスでの心配事。とりあえずは食事。
定時連絡。今日はヘカテがいなかった。用事があるらしい。残念。
5日目
夜がずっと続いている窓の外にも飽きた。
星の中を船が進んでいくのが不思議で何時間も外を見ていた頃が信じられない。
初めは物珍しかった船内での生活も、5日目を過ぎるとそろそろ飽きてきた。
一人きりで話し相手がオートマタしかいないのでは仕方がない。
せめて、船内にいる誰かと通信だけでもいいから話したい。
暇だから日記も長くなるかと思ったが、暇だから書く事がない。
母が言いにくそうにヘカテのことを話してくれた。
どうやら新しい婚約者が来ているらしい。
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講習がひと段落し、後はタナトスに到着を待つばかりだった。
《ナニカシツモンハアリマセンカ?》
オートマタが珍しく聞いてきた。僕は深く考えず思ったことを口にした。
「オートマタの動力源は何?魔石ではないよね」
《———コガタノエネルギーテンソウソウチデウゴイテマス》
オートマタは口の部分にあたる所を開けて小さな貨幣のようなものを見せてくれた。
その日、僕は不思議な夢を見た。
その世界は、科学者と魔女と呼ばれるものがいて、仲違いをしていた。
協力すれば素晴らしいことが起こると分かっていても、相容れないものがあるらしかった。
お互いの矜持か恐れからなのか。それは僕にはわからなかった。
何百年にもわたる啀み合いの末、数と叡智に負けた魔女と呼ばれた者たちは、追放されていった。
そして、場面は変わり、懐かしいエクソリアの街の中に、大人になったヘカテと子供たちがいた。
その三人を遠くから見つめている自分がいる。
一人はヘカテによく似た女の子で、もう一人は僕には似ていない男の子だった。
目覚めると、微かに涙の跡が頬にあり、慌てて手で拭きとった。
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6日目
明日はタナトスに着く。
この退屈な旅ともおさらばだ。
父と母には研修が終わるまで、暫くは連絡が取れないことを話した。
そのせいか、普段より時間が長いように感じる。
ヘカテにおめでとうと伝えてくれ。と言った。かっこつけすぎかな?
短い日記を書き終わった後、僕はヘカテの写真を捨てた。
———7日目の朝
今日、タナトスに着く。希望より不安の方が大きいのはなぜだろう。
《ストリーミングガシュウリョウシマシタ》
その声と同時に目の前のオートマタが僕そっくりに変わった。声も。
突然の事に驚きで声も出せない。そして僕そっくりの僕が僕の声で告げた。
「それでは安らかな眠りを」
そう言うと僕の目を見ながら口づけをした。いや、動力源を供給する為の小型のエネルギー転送装置が口の中に押し込まれたのだ。それと同時に薬らしきものが流し込まれ、あっという間に意識が遠のいた。
□ □ □ □ □
眠りについたモロスの耳からオートマタは初日に施した記憶抽出装置を慎重に取り出した後、彼が生まれてから今日までの記憶のカプセルを自身の舌の上に乗せて飲み込んだ。
これから必要とされる間、モロスでいる為に。
オートマタはモロスの服を取り除き洗浄し、食事代わりの点滴のチューブを鼻から差し込み、その他にも必要なコードを取り付けたモロスをカプセルに収納した後、薄いオレンジ色の液体で満たした。
作業が終わった後、モロスの所持品の中から話に聞いていた写真を取り出した。タナトスにいるオートマタへ渡すために。
遥か昔、エクソリア星はテラで魔女の子とされた魔力を持った人々の流刑地だった。
あえて過酷な環境に身を置かせ、彼らが逃げて行かぬよう、幾重にもシールドを張り、科学技術の進歩を阻害し、監視していたのがタナトス星だったのだ。
タナトス星は当時、テラの科学力の集大成とも言える、いわば実験的なシステムであった。
自己補修と完璧なAIプログラムに支えられた、生命エネルギーとAIとオートマタの半永久機関。
テラから魔女の子を移送するときに合わせて、メンテナンスを行う技術者や科学者がテータを取りに定期的にタナトスに訪れていた。
それが、ここ百年は誰も訪れるものはなかった。魔女の子すらも。
エクソリアへ移民が来ないのは、テラと呼ばれる母星から、もう人が来なくなった為であったのだ。
それでも、この星を生かしておくためには定期的な生命エネルギーの補充が必要で、その為のシステムも、今は機械たちがプログラムに沿って踏襲しているだけだった。
全ての手順が済んだモロスは、直ちに保管庫へ送られた。保管庫はオレンジ色の液体で満たされたカプセルが整然と並んでいた。
オートマタは、新たな一つの動力源となりこの星を回していく彼を、手順通りに粛々と並べていった。
モロスが気がついた時は暖かな水の中だった。なぜか懐かしい感じがした。
好きだった婚約者のこと、魔力がないとわかった時の両親の落胆。泣きながら抱きしめられた母の記憶。
そんなことがぼんやりと頭の中を浮かんでは消えていった。やがて意識は混濁し、いつしか深い眠りへとモロスを誘っていった。
次に目覚めた時、モロスは白い霧の中を歩いていた。
見慣れた風景の道を一人歩いていく。
気がつくとそこはヘカテの家の前であった。暖かい光が窓から漏れて人の話し声が聞こえてくる。
ぼんやりと立ち尽くしていると、モロスに声をかける子供の声がした。
「あ、お帰りなさい。お父さん」
「パパ。今日は忙しかった?」
そう言って子供たちが、家から出てきてモロスに抱きついた。
「ただいま。お母さんは中かい?」
もう何年も同じ問いかけをしてきたように、自然に声が出た。
ヘカテに似た女の子と自分に似た男の子を抱いて家に入る。
中からはヘカテの優しい声が聞こえてきた。
□ □ □ □ □
「モロスはタナトスについたかしら」
「そうだなぁ。今日か、明日ってところだな」
「タナトスでいい人にめぐり会えるといいわね」
モロスの母は夫と二人、久しぶりに瘴気が晴れたエクソリアの青い空を見上げていた。
なんちゃってSFです
科学的根拠とかはヤメて雰囲気で読んでください




