第1話 白雪姫
里に下りて来た山姥のような風貌をした中年女性は、死んだように眠る一人の年若き女性を不安げな眼差しで見詰めていた。
「この子は目を覚ますのかしら......」
毒りんごを食べて眠りについた白雪姫......そんなおとぎ話を彷彿させるような寝顔だ。
「ねぇ、おばちゃん。お姉ちゃん起きるかな?」
玲奈は薄汚れた鉄格子に寄り掛かり、心配そうな顔で尋ねた。眉毛をハの字にした困り顔が愛くるしい。
「どうだかね......まぁ、ちゃんと息はしてるみたいだから大丈夫でしょう」
玲奈におばちゃんと呼ばれた女性は、ありったけの笑顔で応えた。それが作り笑顔である事は言うまでも無いが......
その女性は上下グレーの囚人服。胸ポケットには、056斉藤春子と印字された白い布が縫いつけられている。刑務所の囚人服と何ら変わり無い。
疲労の蓄積は人を老けさせる。きっとこの女性は、見た目ほど年齢を重ねていないのだろう。肌の張り具合を見れば、凡そその年齢は分かるものだ。いずれにせよ、おばさんと呼ばれるには少し可哀そうな気もする。
よく見れば玲奈も同じ囚人服。子供サイズも用意されているようだ。胸ポケットには、057桂玲奈と印字されている。
本当に目を覚ますのか?......そんな事は誰も解りはしない。
「何か薬を飲まされたんだろう。薬が切れれば目を覚ますさ」
眠り続ける女性を心配そうに覗き込む二人を後ろから一人の男性が励ました。その男性もまた囚人服を着ている。胸ポケットには055山本順と印字されていた。三十代半ば大柄な体格だ。
顔の下半分は、口だけを残して長いヒゲで覆い尽くされている。髭を剃る手段が無いのだろう。山賊と言われればそんな風にも見える。もっとも望んでそんな風貌にしている訳では無いが......
「おじさん......あたし心配」
玲奈から見れば、三十代半ばでも立派なおじさんだ。
「ん......」
僅かなうめき声......それは眠る女性の口元から発せられた。そろそろ薬が切れる頃か?
「ほら言ってるそばから......お目覚めじゃないか?」
閉じられた目蓋が微かに震え始める。三人は身を乗り出して、今にも目を覚ましそうな女性に注目した。
「おねえちゃん。エマ姉ちゃん!」
玲奈は小さな手で必死に肩を揺すった。
「う~ん......」
気持ちよく寝てるのに起こさないでよ......眉間に寄せられたシワは、そんな呑気な事を言っているかのように思える。
「......誰?」
白雪姫のお目覚めだ。
「お姉ちゃん。玲奈だよ」
玲奈は小さな手でエマの手を強く握った。
「ああ......玲奈ちゃん?」
エマは静かに目を開けた。その目に最初に映ったもの......それは薄暗い部屋、頑丈な鉄格子、薄汚れた壁、そして囚人服を着た三人だった。
牢屋の中! エマは湿気った布団を跳ね除け、体を起こした。
見れば自分も同じ囚人服。胸ポケットには058柊恵麻と印字されていた。恵摩の名が間違って恵麻と書かれているが、気に留める程の事でも無い。意外とアバウトなようだ。




