第2話 尋ね人
小笠原諸島は、東京のほぼ南南東の太平洋上にある諸島を指し、東京からは約千キロメートル離れている。
『東洋のガラパゴス』と称され、動植物は固有種が多い。
大小三十余の島々で形成されており、第二次世界大戦の激戦地で有名な硫黄島もその島々の中の一つだ。
気候は年間を通じて温暖で、夏と冬の気温差が少ない。所謂常夏の島と言えよう。
本土と小笠原諸島を結ぶ交通手段は船のみで、平常時は週一回東京の竹芝桟橋と父島を定期船が片道二十五時間半かけて行き来する。
父島以外の島に行く場合は、一旦父島まで行き、そこからまた別の船に乗り換えて、おのおのの島に行く形となる。
観光案内等を見ると、一般住民が居住しているのは小笠原諸島の中で父島と母島だけと記されている。
ところが実際はもう一島存在した。
本土でその島の名を知る人はほとんどいない。
また小笠原諸島の住人達も、その島の存在こそは知っていたが、その島の名を口にする者は少なかった。
その島こそが極神島であった。
エマの目指す極神島へ行くには、まず定期船で二十五時間半かけて父島へ行き、そこから更に船を乗り替えて行かなければならない。
一方、船内のレストランでは......
やっとの思いで辿り着いたエマが、メニューと睨めっこをしていた。
朝食の時間帯はすでに終わり、レストランに客は一人もおらずガランとしている。
何を食べようか? と言うよりかは、何なら食べれるか? 選択肢は極めて少ない。
サンプルの写真を見ているだけで、胃液が込み上げてくる。
うっ、気持ち悪い。吐きそう......エマは唯一喉を通りそうなサラダを注文した。
窓からは、自由に飛び交うウミネコの姿が見え隠れしている。
ウミネコは気楽そうでいいなぁ......
それともそれなりに悩みとかあるのかな?......
そんな他愛の無い想像を巡らしながらも、視線を店内に向けると、目の高さ程に貼られている二枚のポスターに目が留まった。
一枚は小笠原諸島の観光案内のポスター。
大自然散策ツアーや、シュノーケリング教室など、観光客の興味を引く内容が盛り沢山だ。
アグネスラム張りの健康的な女性が、ビキニ姿で手を振っている。
仕事で来ている事など忘れてしまいそうな程の魅力的な内容だ。
そしてすぐ右隣にもう一枚。
それは観光とは全く関係の無い一枚のビラだった。
『尋ね人 情報をお待ちりております』
との見出しで始まる警視庁発行のビラだ。
行方不明者を探しているのであろう。
ビラには六人の顔写真と、それぞれの特徴が記載されている。中でも目を引いたのが、一人の少女であった。
年齢五歳。
写真を見ると、おかっぱ頭で目がクリクリしたとても可愛らしい女の子だった。白地に猫のプリントがされたTシャツに、ピンクのショートパンツ。
東京の北区のスーパーで、お母さんが一瞬目を離した隙に居なくなってしまったらしい。
最初は誘拐事件として捜査が進められたが、身代金の要求も無く、全く手掛かり無しの状態。
それ以外には五十代男性サラリーマン、ラーメン屋の女将など、行方不明者の特徴は様々だ。
ビラを見る限り、六人に関連性は全く見られない。
最近、関西で失踪事件が多発している事はエマも知っていたが、このビラに掲示されている六人は、全て関東在住の人達ばかりだった。
こんな南国を行き来する船にまでビラが貼られているという事は、よほど手掛かりが乏しいのだろうとエマは悟った。
神隠し......
そんな言葉が脳裏を過る。
やがて出来上がったサラダを無理やり平らげたエマは、老人から貰った酔い止めの薬を水で喉に流し込んだ。
時刻は十一時をまわり、到着予定時刻十一時半が迫っていた。
窓から見え隠れする父島は、デッキで見たそれより遥かに大きく見える。
いよいよか......
やがて船内に、到着間近のアナウンスが流れ始めた。実に機械的で無感情な口どりだ。
「間もなく小笠原丸は、父島に到着致します。到着時刻は予定通り十一時三十分となっております。お忘れ物、落し物等無いようご注意下さい。父島の本日の天気は日中晴れ。
夕方より低気圧の接近により、次第に下り坂となり、夜は雨という予報になっております。皆様小笠原の大自然を満喫し、お楽しみ下さい」