第2話 英雄
ポールは名乗る事もせず、突然二人に話し掛けた。
「アナタ達ですか? 二週間前、自殺シヨウとしている女性をタスケ出した英雄というのは」
警察? それとも報道関係?
いずれにせよ『英雄』と言われては、相手をしない訳にもいかない。
中でも年配の坊主頭の男は、俄かに顔の表情が緩み、気さくに応じた。
「いやあ、当たり前の事をしただけさ。とにかくよお、突然屋上に上がって来て、喚き散らしながら柵の方に向かって一目散でさぁ。
最初はびっくりしたけどなぁ。まあ、間に合って良かったわな。
英雄だなんて......人間として当たり前の事をしたまでさ」
「イヤとんでもない。お二人が居なければミライある一人の若者のイノチが失われてました。
正に英雄ですヨ。トコロデ......今日お伺いしたのはですね。お二人にお聞きしたいコトがありまして」
「おう。何でも聞いてくれ。あんた記者だろ。いいスクープ作らせてやるぞ」
もうほくほく顔だ。『英雄』と言われたのがよっぽど嬉しかったのだろう。
脳細胞は単純に出来ているようだ。
ポールはいかにも記者らしく、胸ポケットから手帳を出した。
「デハお二人にお伺いシマス。階段の下からジョセイが駆け上がって来たトキ、お二人は声を合わせて宮チャン! と叫ばれたソウですが......それはナゼですカ?」
「ああ宮ちゃんか......花屋で働いてる娘で、いつも献花用の花を運んで来てくれてね。
その娘に瓜二つだったから思わずそう叫んだんだがな。なあお前もそうだろ?」
丸坊主の作業員はもう一人の作業員に話を振った。
「ええ。確かに似てましたんで」
「ナルホド......宮ちゃんって本名は何て言うんデスカ?」
二人は顔を見合わせた。何となく質問の内容がずれている。
こいつは一体誰なんだ?
明らかに疑惑を含んだ表情へと変化していった。
その空気をすぐに察したポールは、胸ポケットから二枚の封筒を取り出した。
「ワタシハ決して怪しい者ではないんデス。ちょっと調べてる事がアリマシテ......少ないデスがお納め下さい」
ポールは内ポケットから取り出した二枚の封筒を、それぞれに手渡した。
二人の顔の表情が再び緩み始めた。
「宮田恵子さんだ。そんでこれが名刺」
丸坊主の作業員は、胸ポケットから名刺を取り出し、ポールに見せた。
名刺には『フラワーショップ野ばら宮田恵子』と書かれている。
ポールはフラワーショップ野ばらの住所・電話番号を即座に控えた。
この男は何で宮田恵子の名刺を、大事に持ってるんだ? いつも持ち歩いてるのか?
「アリガトウございます。ソレカラ宮田恵子さんの家の住所トカ携帯番号とかは分かりまセンカ?
ソレカラ写真とかもあると有り難いんですが......もちろんタダでとは言いませんよ。
高く買わせて頂きたいと思ってイマス」
「うちらストーカーじゃないんでそんな事知ってる訳無いし、写真もありません!」
若手の作業員が食って掛かる様に答えた。侮辱された様に感じたらしい。
「アア......そうですか。それは残念デス」
ポールは落胆の表情を浮かべたが、すぐ様、内ポケットから更なる封筒を頭だけ出し、二人にチラッと見せた。
先程の封筒とは比べ物にならない程、中身が詰まっているように見える。




