第1話 アパート
九月二十三日(日)十七時五十分。
美緒がセレモニーホールの屋上から自殺未遂を起こしたその日からほぼ二週間が経過しようとしていた。
さすがに九月も後半に差し掛かると、茹だるような暑さはどこかへ消え失せ、吹く風は秋の到来を感じさせた。
昔ながらの民家が立ち並ぶ町屋の裏通りを歩いていると、どこか懐かしい気分に浸れる。
そんな昭和の時代を彷彿させるような街並みに張り巡らされた路地は、どこも道幅が狭く、総排気量5327ccの四駆で突き進むにはいささか無理がある。
ポールは左ハンドルのその車をやむ無く近くのパーキングにとめた。
左手で夕日を遮りながら、スマートフォンのGPS画面を覗き込む。
目的地はここから意外と近いようだが......
ああ、そこを右に曲がった突き当りか......
ポールは秋風になびく前髪をたくし上げながら、植木鉢が立ち並ぶ民家の角を右折。
するとその突き当りには、一軒の古びたアパートが佇んでいた。
肌色の壁に赤い屋根。木造二階建てのその建物は、全体的に薄汚れた印象を受ける。
築三十年は経っているだろう。至る所が痛んでいるようだ。
建物周囲は雑草が生い茂り、お世辞にも管理が行き届いているとは言い難い。
けやき荘......アパートの正面には、そのように書かれた看板が貼り付けられていた。
薄汚れて、所々文字が消えかかっているが、確かにそのように書かれている。
ここだ......間違い無い。
105号室は?
ポールは一階の通路を奥へと進んだ。
共用部であるにも関わらず、物置やゴミなど、入居者の私物がところ狭しと置かれている。
101、102、103、105号室......あったここだ。
探し求めた部屋は通路の一番奥。
すっかり塗装の剥げたドアポストからは、チラシ類や郵便物が複数押し込められていた。
そしてドアの左上に貼られた表札には、宮田恵子と書かれている。
ポールはその表札をじっと見つめた。
宮田恵子......
間違いない。
ほんの二時間程前、ポールは新宿区内のセレモニーホールを訪れていた。
九月十日、美緒が屋上から飛び降り自殺をしようとしたその場所だ。
住宅街の真ん中に君臨するその建物は、今日も異様な雰囲気を醸し出していた。
そんな建物の用途を知ってか知らずか、帰宅途中の小学生達が無邪気な表情を浮かべながら、正門前を通り抜けて行く。夕暮れ時の日常的な風景だ。
ポールはそんな小学生達の間をくぐり抜け、黒字で大きく描かれたセレモニーホールの看板の前で立ち止まった。
ここか......
かなり大きな建物だ。正門を抜けると、すぐ正面がエントランスになっている。
ポールはつかつかと正門を抜けると、エントランスには向かわず、建物脇から裏口へとまわった。
そして『関係者以外立ち入り禁止』と書かれた従業員専用の鉄扉を開けると、足早に階段を上り屋上の搭屋へと向かっていった。
美緒が狂喜の表情で駆け上がったその階段だ。
上がるにつれ、徐々に男のしゃべり声が聞こえて来る。
搭屋には二人の男が壁に横たわり、談笑していた。
つかの間の休息を楽しんでいるのだろう。
二人はポールに気付くと会話を止めた。一般人がここにやって来る事はまず無い。
こんな時間に誰だ?......
明らかに不審な顔をしている。




