第5話 薬
やがて峰がお盆に茶を乗せ、急ぎ足で戻ってきた。そしてテーブルにお茶を置く。
「頂きます。実はすごい喉乾いてたんです」
エマは少し熱かったがお茶を一気に飲み干した。
「エマさん本当に残念。もしあなたが極神島の民になる事を承諾してくれたなら、あなたが今朝までに犯した数々の罪を帳消しにして貰えるはずだったのに......ほんと残念」
峰は下を向いてぼそりと呟いた。
「えっ。今何て言いました?」
余りに唐突な峰の発言にエマは自分の耳を疑った。
峰は再び口を開いた。今度は語気を強め、はっきりとした口調だ。
「昨晩あなたは洞窟に忍び込み、我々の神聖な祭壇の儀式を覗き見しましたね。
そして事もあろうかその罪を正そうとした善意の民を複数死に追いやりました。
それだけで本来なら十分死罪に値します。
にも拘らず、我らの指導者大神主様はあなたに慈悲の手を差し伸べ、極神島の民となり極神教に忠誠を誓うならお許し下さると申された。
そんな大神主様のお慈悲に対し、あなたは今その全く逆を持って態度を示した。エマさん、私は本当に残念です」
峰は落胆の表情を隠せない。
「お前俺の部下何人殺したか分かってんのか?」
突如エマの後ろから男の太い声が響き渡った。
この声は!
エマは驚きの表情を浮かべながら、後ろを振り返る。
見ればそこに仁王立ちしているのは佐久間厳七。しかも玲奈を抱き抱えているではないか!
いつの間に!
「玲奈ちゃん!」
エマは反射的に立ち上がろうとした。しかしどういう訳か足が縺れる。
あれ、なんか変?
エマは立ち上がれずに、そのまま椅子に倒れ掛かった。
なぜか足に全く感覚が無い。他人の足のようだ。
しかも目がかすみ意識が遠くなっていく。
霞んでいく視界の中に、玲奈の不安げな顔がかろうじて見えた。
「れ、玲奈ちゃん」
峰に出された茶だ! 茶の中に何かが......
「エマさん安心して。あなたはただ死んでいくだけじゃないの。あなたは選ばれたのよ。神の僕になれるの。だから心配しないで」
遠のく意識の中、微かに峰の声が耳に入る。
神の僕? それって殺されるって事?
視界は更に狭くなっていき、体の感覚がどんどん無くなっていく。もう目が開かない。
「......」
エマは潮風の床の真ん中に、そのまま崩れるように倒れた。
全く動かない。
いつの間に、太一と真菜の二人も一階に降りて来ていた。
うつ伏せになって倒れているエマを大勢で囲む。
田中大五郎、峰、太一、真菜の四人。
そして玲奈を抱き抱えている佐久間厳七にその部下と思われる男三名。
全部で九人。
皆、潮風の中央でうつ伏せに倒れているエマを取り囲み、上から冷ややかな目で見下ろしている。
「お姉ちゃん......」
玲奈だけは厳七の腕の中でブルブル震えていた。
やがて厳七は部下の男達に命令し、エマを担ぎ上げると、外に止めてあったトラックの荷台にエマを乱暴に投げ込んだ。
「よしっ、行くぞ!」
厳七は玲奈を抱いたまま、トラックの助手席に乗り、やがてその場を去って行った。
それはあっという間の出来事だった。
「さあ仕込みだ。テキパキやらないと開店間に合わないぞ」
大五郎が声を張り上げる。
「ほら太一と真菜。朝ごはん出来てるから早く食べて」
峰が二人の尻を叩く。
「はあーい」
いつもの真菜の元気な声だ。
「......」
今日も太一は無言。
田中家のいつもの一日がスタートする。何事も無かったかのように......
トラックは海岸通りを北上し、北の一本道を西へ西へと進んで行った。
『死の岬の向こう側』そこは船頭金吉が恐怖に慄いていた場所である事は言うまでも無い。




