第3話 三途の川
「金吉さん。雄二さん......あなた達なら解るでしょう。愛する人との別れがどんなに辛いか。
そんな思いをその子にさせないで。お願いだからその手を離して!
私が必ずその子をその子の帰りを待つ人達の元へ届けるから。お願いだから......」
眠っているエマの目からは一筋の涙が流れ、その滴は頬を伝い玲奈の頬へと流れ落ちていった。
その時だ。玲奈の目蓋が僅かに震えた。
そして吐息ばかりの小さなうめき声を上げ、次の瞬間二つの大きな目はクワッと見開かれた。
「あれぇ......ここはどこ?」
見れば自分に覆いかぶさるように、一人の若き女性が眠り込んでいるではないか。
「あっ、お姉ちゃんだ!」
「ん、何?」
聞き覚えのある声だ。エマも玲奈に続いて目を見開いた。
その瞳に映ったもの......それはなんと玲奈の笑顔だった。
顔はすっかり血色を取り戻し、ほっぺも赤い。それまでの昏睡状態がまるで嘘のようだ。
玲奈の笑顔はこれまで超えてきた百難を全て忘れさせる程の力を持っていた。
「玲奈ちゃん。どっか痛いとこはない? 体怠くない?」
玲奈は頭のいい子だ。自分に気を遣って無理してるのでは? そんな不安が過る。
「大丈夫。大牙に咬まれた所がちょっとヒリヒリするだけだよ。絶好調!」
玲奈は小さな手でガッツポーズを取って見せた。
「そりゃあ良かった。ホイッ!」
二人は示し合わせたようにハイタッチ。忘れかけていた笑顔が蘇る。
その時だ。
トントントン......突如扉をノックする音が静寂しきった部屋内に響き渡った。
どうやら神は、つかの間の休息すら二人には与えてくれないようだ。
「エマさん。起きてるかしら? ちょっと話があるの。下に降りて来てもらえる?」
それは聞き慣れた峰の声だった。
「はっ、はい。すぐに行きます」
エマは動揺を悟られないよう、努めて冷静に答えた。
「玲奈ちゃん。ちょっと待っててね。下へ行ってくるから。それから部屋の中では静かにしててね。見付かると少し面倒な事になるから。大人しくね」
「分かったお姉ちゃん。すぐに帰って来てね。玲奈静かにしてる」
「うん」
エマは鏡台に映った自分の姿を見て愕然とした。
「なんじゃこれは!」
髪の毛はふり乱れ、まるでライオンのよう。
顔は汚れで真っ黒。泥パックでもしているのか。
着ている服、そして手も足も全てが汚れきり、まるで浮浪者だ。
「こんなんじゃ下に行けない!」
エマは即座に服を着替え、修復不能な髪の毛は三角巾で隠した。
そして二階の洗面所で素早く手足を洗う。悠長に化粧をしている時間など無かった。
仕方が無い。今日はノーメークだ。
いつの間に左肩の出血は止まっているようだ。
玲奈に血清を打つことばかり考えていて、痛みすら忘れていた。




