第2話 朝帰り
もしここで玲奈が死んでしまったら......
助け出した事自体が間違っていたのではないか?
ややもすると、そんな疑念に囚われる。
いや、そんな事には絶対させない!
エマは更に加速を加え、狩人公園を一気に駆け抜けた。
示す数字は残り五分。
木の根が張り巡らされた森の中とは比較にならない程、海岸通りの路面は走り易い。
容赦なく吹き付ける向かい風をもろともせず、エマは疾風の如く走り続けた。
「ああ......見えて来た」
風に揺れる前髪の隙間からようやく見えて来た料亭潮風の看板。
目的地に近づくにつれ、新たな不安が脳裏を過り始めた。
もし追手が先回りをしていたら......
それは十分想定出来る話だ。
しかし料亭潮風の中が安全かどうかなど、事前に確認している余裕などは無い。
追手がいるなら蹴散らすのみ!
タイムリミットが迫る中、走り続ける以外に選択肢は無かった。
ハア、ハア、ハア......息が切れる。
エマは程なく潮風に到着した。
そして素早く壁に這いつくばり、背中をあて身を隠した。
田中夫婦の部屋の窓は全開だが、物音はしない。まだ寝ているようだ。
エマは音を立てないよう、すり足で裏口へとまわった。
幼子を連れ、朝帰りする所など田中家の人に見られたら一大事だ。
幸いにも追手が先回りしている様子は無い。まだツキがあるようだ。
エマは裏口から家に入ると、即座に階段を駆け上がった。
玲奈は相変わらずゼエゼエと苦しそうな呼吸を繰り返しており、暑くも無いのに額は汗びっしょりだ。
間に合ってくれ!
エマは部屋に入るや否や、玲奈をベッドに寝かせ、スーツケースの中の血清を玲奈の左手首に注射した。
神様どうか間に合って下さい......
エマは目を瞑り、神に念じた。
あとは血清の力を信じ、玲奈の免疫力が大牙の毒に打ち勝つ事を祈るだけだ。
やれる事はやった......エマは一気に緊張感が解けた。
すると体からは途端に力が抜け、玲奈が横たわるベッドに崩れるようにもたれ掛かった。
そして気付けば、玲奈に覆いかぶさるようにして眠りについていた。
さすがのエマも気力体力共限界に来ていたようだ。
玲奈ちゃん戻って来て......
あなたには、まだこれから素晴らしい未来がいっぱい待ってるんだから......
そしていつしかエマは夢の世界に迷い込んでいた。
今にも川を渡り切ろうとする玲奈が見える。
川の向こう岸では、こっちへおいでと言わんばかりに金吉と斉田雄二が玲奈に手を差し伸べていた。
二人は玲奈の手を掴み、今にもその体をを引き寄せようとしている。
玲奈は安らかな表情を浮かべ、その身を委ねようとしているではないか!
「玲奈ちゃん行っちゃダメ! あなたにはまだあなたの帰りを待っている人達がいるの。
あなたを愛している人達がいるのよ! だからそっちに行っちゃダメ。戻って来て!」
エマは喉が焼き切れんばかりの大声で玲奈を呼び止めた。
声に気付いた玲奈はぽかんとした表情を浮かべると、その動きを止めた。
私はどうしたらいいの? 大きな目をパチクリさせている。




