第7話 炎のリング
「ワッハッハッ......お前本当に凄いな。さすがの俺も大牙を全部逃がすとは思わなかったぞ。
お蔭でこっちは研究の成果がパアだ。この落とし前はきっちりつけさせてもらうからな」
そんな厳七の話を聞いているのか聞いていないのか、エマは無言のまま、ゆっくりと厳七に近付いていく。炎はこれから始まるであろう死闘のリングを形成するかのように、二人を取り囲んでいった。
バチ、バチ、バチ......
飛び交う火の粉は、激しい雨の如く二人の頭上に降り注いでいった。炎に囲まれたリングは正に灼熱地獄と言っても過言では無かろう。
「さあかかって来いよ。早くしないとお互い真っ黒焦げになっちまうぞ」
厳七は不敵な笑みを浮かべている。まるで他人事のような口ぶりだ。
「あんた......斉田雄二ってカメラマン殺しただろ」
エマは動じない。至極冷静な表情を浮かべながら言った。戦いはすでに始まっている。死闘を前にして、動揺している姿など相手に見せる訳にはいかなかった。
「ん、誰だって? カメラマン? ああ......あのおっきなカメラ持って嗅ぎまわってた奴か。もし俺が殺したって言ったらどうするんだ?」
「だから殺したのか殺してないのかって聞いてんだよ。答えろ!」
「おうおう、威勢のいい姉ちゃんだ。おう殺したよ。脇腹をこのサバイバルナイフで一突きだ。釣った魚みたいにバタバタ暴れてたよ。面白かったぞ。で、どうしてくれるんだ。俺を殺すとでもいうのか? ハッハッハッ」
エマは腕時計に目をやり深呼吸。そしてゆっくりと口を開く。
「九月二十二日午前四時十四分。佐久間厳七より斉田雄二殺害の自供を確認」
「おいおい。お前検察官にでもなったつもりか? お笑いだ」
「佐久間厳七......お前はまだ二十八歳という若さで前途多望な青年だった斉田雄二を殺害した。お前に反省している素振りは全く見えず、事もあろうか、すでに仏となった斉田雄二を冒涜する発言。神はお前に慈悲を与える余地は無いと言っている。佐久間厳七。神の命により、お前をこれより処刑する。覚悟しろ!」
「四の五の言ってねえでかかって来い!」
ただ事ならぬ殺気が周囲をつつみ、それまで騒ぎ立てていた自然界の動物達も、固唾を飲んで見守るような緊迫感が漂っていた。
もしここに武蔵と小次郎が居たなら、一旦刀を収め、この二人に一騎打ちを先に譲っていたかも知れない。
燃え盛る木々からエンドレスに発生し続ける黒煙は、太平洋から吹き付ける潮風に乗り、天に舞う竜のごとく、縦横無尽に飛び回っていた。視界は極めて悪い。
厳七は腰に手を回し、刃渡り三十センチはあろうかと思われるサバイバルナイフを右手に持った。こんなのに正面からまともに刺されたなら、エマの細い体は簡単に貫通してしまうだろう。
月光は牛刀にも匹敵するそのナイフに反射し、眩いばかりの光を発している。
ズズッ、ズズッ......
厳七は靴底を地面に這わせながら、じりじりとその距離を縮めていく。
吹き付ける潮風は、灼熱地獄の中、未だ氷の彫刻の如く微動だにしないエマの体を刺激した。眉を隠す程度の前髪はゆらゆらと風に揺られ、隙間から垣間見れる二つの瞳は完全に閉じられている。
「おや、座頭市にでもなったつもりか? 俺も舐められたもんだな」
ズズッ、ズズッ......
厳七は重心を後方に置き、足を前方に差し出しながら更に距離を詰めていった。この娘は何をしでかしてくるか分からない......洞窟内で受けた踵の一撃を忘れる訳も無かった。うかつに近寄ればまたやられる!
百戦錬磨の阿修羅王も、今度ばかりは慎重にならざるを得なかった。
やがて二人の間合いは二メートル。
依然として目は閉じられたまま。エマは厳七の呼吸を耳と肌で感じていた。呼吸は目を開けていても見る事が出来ない。目を瞑る事により集中力が倍増する。
動物は攻撃を仕掛ける時、必ずその直前に大きく息を吸う。人間も決してその例外では無い。
厳七の呼吸が聞こえる......
吸って、吐いて、そして次にまた大きく吸う。
この女ここまで近づいてもまだ目を瞑ってやがる......
やはりはったりか?......
ならば! 厳七は大きく息を吸い、一気に飛び掛かった。
よし、来た! エマは突然目を見開いた!




