第4話 倉庫
そんな玲奈の不安を他所に、檻から解放された大牙達は、怒涛のごとくエマの足に絡みついていった。
恐ろしく動きが速い。それは到底普通の蛇の動きでは無かった。
殺人マシーン......怒り狂った大牙を表現するのに、これ以上的を得た呼び名は無い。
「玲奈ちゃん。上に上がるからしっかり掴っててね」
エマは積み上げられた檻に足を掛けると、軽快に上り始めた。檻の固定は意外としっかりしているようだ。体重を掛けてもビクともしない。
エマは足で大牙を振り落としながら、一気に最上段まで駆け上って行く。
千匹の大牙達はいつしか床を埋め尽くし、上から見下ろすと、まるで動く絨毯のように見える。悍ましい光景だ。
あとは外の連中がなだれ込んで来るのを待つだけ。二人は息を潜めてその時を待った。
一方倉庫の外では......
「家の中には居ないようです。それと倉庫に通じる地下道の扉は鍵が閉めらています」
「倉庫の中に移動したか......よし、倉庫に突入するぞ。お前ら行け! 油断するな」
腕を組んで号令を下した男。それは紛れもない佐久間厳七だった。
佐久間厳七......今だからこそ、蛇の研究者などという肩書きではあるが、全盛期はフランスの外国人部隊で名を上げていた有能な傭兵であった。アフリカ中部の内戦で深手を負い、止む無く引退。
以後は未開の地でのサバイバルにおいて、必然的に培われた知識を元に、蛇族の科学者として第二の人生を歩んできた。
傭兵時に鍛え上げた鋼のような肉体は、今も健在で衰えを知らない。御年五十五歳。その大木にも匹敵する巨漢と強面な顔は見る者に恐怖心を抱かせた。
そんな無敵とも言える阿修羅王でも、エマにだけは一目を置かざるを得なかった。
洞窟の中で食らった踵の一撃......
厳七の長い格闘人生においても1,2を争うインパクトがあった。更に銃を撃った時の手応えは十分であったにも拘らず、急所への直撃は見事にかわされた。
自身は後方に待機し、まずは他の者に突入を命じたのも、そんなエマに対しての恐怖心の現われと言えよう。
やがて銃を構えた兵士達は、弱った獲物に群がるハイエナの如く、倉庫の前に集結した。窓の無い建物であるが故に、中の様子は分からない。
女一人、子一人に対し、完全装備の兵士が十人。
普通に考えれば、兵士達にとって、この二人を抹殺する事など、赤子の手を捻るようなものだ。それでも見えないものに対しては恐怖心を抱く。
先頭の一人が緊張からくる手の震えを抑えながら、静かにドアノブを回した。鍵は掛かっていない。勿論内側から鍵を開けたのはエマだった。
入ってほしくなければ普通カギを閉める。
傭兵の中に少しでも賢い人間が居たならば、その時点でエマの仕掛けたトラップを察知出来たかも知れない。
しかし群がるハイエナの中に、そんな有能な士は居なかった。




