第3話 銃撃
「玲奈ちゃん安心して。私がお父さんとお母さんの所に連れていってあげる。絶対に」
怒りが込み上げたエマの顔は、鬼神の如く目が吊り上っていた。
如何なる理由があろうと、こんな小さな子を誘拐し、しかもこんな危険な森の中に幽閉するなんて絶対に許せない!
「うん......有難う。でも厳七おじさんが絶対許さない。逃げたら殺すって言ってたもん。厳七さんってすごく怖い上にすごい強いの」
玲奈は落胆を含んだ薄笑いを浮かべながら、俯いてしまった。
「大丈夫。こう見えてもお姉ちゃんだって強いんだよ。信じて。それからあと一つだけ教えてほしいの。そこの引き出しにいっぱい入ってる携帯電話......これは一体何なの?」
玲奈は引き出しの中を覗き込む。
「私もよく分からない。でもお姉ちゃんが今持ってる電話の人だけは分かるよ。
厳七さんがその携帯電話の持主の事で、誰かと電話で話しているのを聞いちゃったの。
もう死んじゃったみたい。それで婚約者が東京にいるから、その人も始末するって言ってた。
だから私、その人にその事をこっそり教えてあげたの」
「教えてあげてくれて有難う。その人は私の友達なんだよ。それからこの携帯電話の持ち主は死んじゃったって言ってたけど、殺したのはやっぱ厳七さんなのかな?」
「もしかしたらそうかも。でもそこまでは解んない。ごめんね」
「ううん。いいの玲奈ちゃん。有難う」
見れば玲奈の目からは一筋の涙が流れていた。こんなに小さいのに両親から引き離されて......さぞかし寂しい思いをしていたのだろう。
誘拐......
それは紛れも無く犯罪である。世界中どこを探しても、誘拐が合法化されている国などは無い。
そんなリスクを冒してまでも、誘拐するには通常それなりの理由がある。金目当てによる身代金の要求などは代表的と言って良いだろう。
しかし玲奈の場合、家族への身代金の要求は無い。動機は不明だ。
エマは思わずその場にしゃがみ、玲奈を強く抱きしめた。可愛そうに......
その時だった。
パンッ! ガシャン!
突如鼓膜を破らんばかりの発砲音が響き渡り、次の瞬間ガラスが四方に飛び散った。
そして窓ガラスを突き抜けた銃弾は、エマの背中に担がれていたナップザックに直撃する。
「玲奈ちゃん伏せて!」
エマは玲奈を包み込むようにして、床に這いつくばった。
もし玲奈を抱きしめる為に身を屈めていなければ、銃弾はエマの頭を直撃し、惨状を極めていたに違いない。
「玲奈ちゃん大丈夫? 怪我は無い?」
「うん。大丈夫」
玲奈はそう答えるのが精いっぱいだ。極寒の地に居るかのように体はブルブルと震え、顔は雪女のごとく青白かった。
こういう時こそしっかりしなければ......
自分が狼狽えているようでは、玲奈は不安がるだけだ。とは言え、どうやってこの窮地を乗り切ればいいのだ?
窓越しに見えるだけでも血に餓えた兵士が五人。視野外の者を含めれば、サッカーチーム程度の人数にはなるだろう。この家と隣の倉庫はすっかり囲まれたようだ。
エマは玲奈の背中を優しく撫でながら、脳神経の隅々までフル活動させ思考を巡らせた。
彼らは予告無しで、いきなりエマの頭を狙って撃ってきた。それはもはや交渉の余地が無い事を意味している。
殺す気満々ってとこか......上等だ。
エマは身を屈めたまま玲奈の手を取り、リビングの裏側へと回る。
そして一つ目の扉を開けると、鼻につくカビ臭が辺りに拡がっていく。普段この扉を開ける事はほとんど無いのであろう。
その先は、人一人がやっと通れるような小さな階段になっていた。
「玲奈ちゃん。この階段は?」
「隣の倉庫に地下で繋がってるの。大牙の部屋に行けるよ」
「えっ、本当に?」
「うん」
「......」
大牙の部屋か......
よし、一か八かだ!
エマは意を決し、階段を駆け降りた。すぐにでも敵はこの家に突入してくるに違いない。躊躇している暇は無かった。
五メートル程の通路を進み、一気に階段を駆け上がると、そこは忘れもしない大牙の倉庫。幸いにも、追手はまだ倉庫には入り込んで来ていない。とりあえずは良し!
ジー、ジー、ジー......
千匹の大牙が発する不気味な音は、上下左右至る所から招かれざる客を包み込んだ。
ジー、ジー、ジー......
大牙は激しく動き回り、エマ達を威嚇する。初めてこの倉庫に訪れた時と全く同じだ。
毒を持って毒を制す......
無防備な女子供が重装備の男達と戦うには、それ以外に方法は無かった。
大牙君達頑張って......
エマは玲奈を背負ったまま、大牙が閉じ込められている複数の檻を片っ端から開け始める。
「お姉ちゃん何するの? 大牙達に食べられちゃうよ!」
「大丈夫。お姉ちゃんの着ている服は大牙の歯が通らないように出来てるの。だから安心して」
エマは背中にしがみ付く玲奈に優しく声を掛けながら、手当たり次第に檻の扉を開け続けた。
「うん......」
玲奈は不安の表情を隠せない。




