第2話 携帯電話
何だこれは?
大きなもの、小さなもの、古くてボロボロなもの、真新しいもの.....多種多様なその塊は、何と全て携帯電話だった。
その数凡そ二十。メーカー、型式、年式などはバラバラで一つとして同じ物は無い。
ストラップが何本も括られているものや、キャラクターシールが貼られているものなど特徴は様々で、同じ人間が購入したとは到底思えない。
エマは試しに一番上に置かれた少し大きめの携帯電話を開いてみた。一昔前の古い型だ。パワーをオンしてみたが、電源は入らない。充電は切れているようだ。よくよく見れば、ほとんどが一昔前の型ばかりだ。
これは少し新しそう......
液晶画面の大きいシルバーの携帯電話が底の方から出てきた。
もし充電が残っていれば、持ち主の情報を得る事が出来る。そこから事件解決への突破口を見い出せるかも知れない。
エマは期待に胸を躍らせ電源をオンにしてみた。すると一瞬画面は『WAIT』という文字を浮かび上がらせたが、すぐに元の黒い画面に戻ってしまった。ほとんど充電は残っていなかったようだ。
惜しいなぁ。やっぱ充電が残っている携帯電話なんて無いか......
エマは更なる携帯電話を探す。
あっ、これも新しそう......
液晶画面が大きく傷なども少ない。スマートフォンだ。これは期待出来るかも......
すると画面は今度も『WAIT』の文字を経た後、何と待ち受け画面が映し出された。充電はまだかなり残っているようだ。
エマは映し出された画面を見るや否や、まるで金縛りにあったかのように体は凍りつき、携帯電話を持つ手は俄かに震え始めた。
こっ、これは!
画面に映し出された顔は、こちらに向かって幸せそうに微笑み掛けている。
長い黒髪に吊り上った眼鏡。それは何と桜田美緒の顔だった。
心臓はドクドクと脈を打ち始め、興奮しきった顔はいつの間に赤みを帯びていた。
落ち着け落ち着け......
エマは一旦目を瞑り、深呼吸した。
この写真を待ち受け画面にする人間が居るとしたら、それは斉田雄二以外に考えられない。
やはり犯人はあの男なのか?
ここに斉田雄二のスマートフォンがあったからとは言え、この家の主が犯人であるという証にはならない。しかし重要参考人である事は間違い無い。
それと拡大解釈にはなるが、ここに収められている携帯電話が全て殺害された人達の遺品と仮定すれば、二十個あれば二十人が殺された事になる。
いや、携帯電話を持ってなかった人だっているはずだ。そう考えると、殺された人の数は更にその数を増すことになる。あくまでも仮説に過ぎないが......
エマは斉田雄二の物と思われるそのスマートフォンを再びチェックした。
最新発信履歴 九月十八日(火)二十時五分。
発信先 美緒。
美緒の携帯電話に斉田雄二の携帯からの着信があったという話は、すでにエマの耳に入っていた。電話を掛けて来た謎の少女の正体はこれで確定した。
「玲奈ちゃんだったのか......」
エマはため息をつきながら、ぽつりと呟いた。
「そうだよお姉ちゃん」
えっ、誰!
「お姉ちゃん。また会えたね」
決して大きくは無いが、良く通る声。それは聴き覚えのある声だった。
「玲奈ちゃん!」
エマは即座に振り返った。
玲奈は目を真ん丸にしてきょとんとした顔。相変わらずおかっぱ頭が愛くるしい。見れば玲奈の足もエマ同様、泥だらけになっていた。
「お姉ちゃん洞窟から出れて良かったね」
玲奈は腰に手を当て、得意満面の表情だ。
「有難う玲奈ちゃん。あなたのお蔭で洞窟から出れた。命の恩人だね」
それは決してお世辞では無かった。もし玲奈が導いてくれなければ、洞窟の中でエマの命運は尽きていた事だろう。
「ううん、いいの。私、お姉ちゃんが好きだから。外は大牙がいっぱい居るでしょう。洞窟は私の遊び場なの。毎日冒険している内に覚えちゃった」
「そうなんだ。有難う玲奈ちゃん。ところで、一つ聞いていい? 玲奈ちゃんと一緒に住んでいる男の人。あれは誰なの? あなたのお父さんには見えないけど」
「うん。お父さんじゃないよ。蛇の博士だよ。日本蛇族研究所って所に居たんだって。厳七さんって言うんだよ。佐久間厳七。怒るとすごく怖いんだ」
「佐久間厳七......日本蛇族研究所......そうなんだ。で、玲奈ちゃんは何でここに居るの? お父さんとお母さんは?」
それまで明るかった玲奈の顔が、突如暗い顔に変貌した。視線を下に落としながら答える。
「私がここにきたのは今年の七月。怖いお兄さん達が突然現われて私をここに連れて来たの。きっとお父さんもお母さんも心配してるだろうな......」
「それってもしかして誘拐じゃない。いやっ待って! あなたが連れて来られる前に住んでた所って、もしかして東京の北区じゃない?」
エマは突如何かを思い出したかのように、身を乗り出した。
「うん北区の赤羽だよ。お姉ちゃん良く知ってるね」
玲奈の顔は不思議そう。何で知ってるの? 首を傾げている。
「あなたのご両親。今もあなたの事を必死で探してるよ」
小笠原丸のラウンジの中に貼ってあった警視庁発行尋ね人のビラ......忘れもしない。
玲奈はそこに写っていた六人の内の一人だった。一際目を引いたおかっぱ頭の可愛い少女。
それが玲奈だったのだ。




