第9話 『いまむら』
一方その頃、圭一と美緒は、からくもショッピングセンターを脱出し、国道四号線上り車線を快調に進んでいた。
「美緒さん。これから東京に戻る。アジトが新宿にあるのは知ってるな。美緒さんも一度来ている場所だ。もっとも、あの時は目隠ししたままだったけどな」
「......」
美緒は無言。
圭一は構わず続けた。
「ポールと合流して今後の対策を練り直す。ポールは知ってるだろ。あの時美緒さんにホットミルクを入れた色男だ」
「はい」
美緒は言葉少なげだ。すっかり気が沈んでいる。
無理も無い。
住んでいたマンションが放火され、誘拐され掛けたと思えば、最後は血まみれの屍だ。平常心でいられる程美緒は図太く無かった。
「美緒さん。大丈夫か?」
圭一は横目でチラっと美緒の顔を見た。
「大丈夫でも無いけど......何だかこういうのに少し慣れてきた気がする。段々平気になっていく自分が少し怖い」
美緒は無理矢理の作り笑顔。
「強くなったな美緒さん」
それに対し圭一は真の笑顔で応える。
「褒めてるの?」
「おう。その通りだ」
「それは良かった」
美緒は笑顔を見せた。どんな境遇であっても、男に褒められて嬉しくない女はいない。美緒も列
記とした年若き女性であった。
「うちらまだペアルックのままだったな。俺は返り血浴びてるけどな」
見れば圭一のLOVETシャツは血まみれ。せっかくのペアルックも台無しだ。死んだ人間の血で染まったTシャツ程、気味が悪いものは無い。
高速で走る車のサイドウィンドウに流れる景色は田舎とは言え、ネオンの明るい光に満ちている。ホームセンター、ショッピングセンター、コンビニ......多種多様の店が軒を連ねていた。
「圭一さん。ちょっとあそこ寄ってもらえる? 圭一さんの着替え買って来るから」
美緒は上り車線の前方を指差している。見れば『ファッションいまむら』赤字でそう書かれていた。
「一人で行くつもりか?」
「当たり前でしょう。圭一さんそのTシャツで外に出たらすぐに逮捕されるわよ。大丈夫。まさか刺客も私達がいまむら寄るとは思ってないでしょう。服買ってすぐに戻るから」
圭一は悩んだ。
さっき美緒を一人にして大変な目に遭ったばかりだ。かと言ってこの服ではろくに外も出れない。
リスクはあるが止むを得ない。
「分かった。じゃあ頼むとしよう。でも十分で帰ってきてくれ。それ以上経過したら店内に突入する」
「解りました」美緒は素直に頷く。
やがて圭一は駐車場に車を停めた。
店内は大半がガラス張りの為、外からでも店内の様子が見渡せる。日曜とは言えこの時間ともなると、客の数は思いの外少ない。その点はラッキーと言えよう。しかし圭一に油断する気配は無い。
「一分一秒でも早く帰って来てくれ」
鋭い目付きだ。見ている方が恐くなる。
「解りました。行って来ます」
美緒は駐車場を抜けて、店内へと突入していく。
圭一は車内から美緒の姿を、瞬きもせずに目で追った。
店内に入るや否や、ワゴンの中を漁り始めている。そして早くも、圭一のサイズに合うTシャツを見付けたようだ。
即座にレジへと向かう美緒。
圭一は周囲を用心深く見渡したが、怪しい人間は見当たらない。
大丈夫か? しかし油断は出来ない。




