第7話 ナイフ
「おい! 聞こえるか? 今どういう状況なのか分かるな。俺はナイフをお前の喉に当てている。
俺がちょっと手に力を入れれば、瞬く間にお前は喉から血を噴き上げてあっという間にあの世行きだ。お前を殺す事に何の躊躇も無い」
「うっうっ......」
目は完全に怯えている。
圭一は蔑むような視線で、その男の顔を見下ろした。
目元には斜めに入った傷跡があり、その表情にはまだあどけなさが残っている。
「お前はまだ若い。ここで殺してしまうのも気が引ける。いいかチャンスを与えてやる。俺の質問に正直に答えろ。そうしたら命だけは助けてやる。いいな!」
圭一はナイフを持つ手に力を入れた。
「......」
男は何も答えない。顔を横に背けている。
「お前達は何者だ。なぜ美緒さんを誘拐しようとした? 答えろ!」
圭一の顔は再び阿修羅の顔へと変貌。
「......」
なおも無言を貫き通す。しかし体は恐怖に震えていた。
「答えろ!」
圭一は男の顔を力強く殴る。
バコンッ!
その時だ。男の体から震えが止まった。そして気付けば何やら笑っている。
フッフッフッ......
気でもふれたのか?
それとも開き直ったのか?
やがて徐に口を開いた。
「お前らに話す事など何も無い。必ず仲間達がお前らを殺す。必ずだ! 楽しみに待ってろ! ハッハッハッ。自分はただ忠誠を尽くすのみ。大神主様万歳!」
男は突如ナイフを握っている圭一の手を両手で掴み、自らの喉を掻き切った。
それはあまりにも一瞬の出来事だった。
しまった!
血しぶきが辺りに飛び散り、圭一は全身に返り血を浴びた。動脈が切れたのであろう。夥しい出血だ。
やがて痙攣を始めたかと思えば、すぐに男は動かなくなった。それは余りにあっという間の出来事だった。
「早まった事を......」
あまりの唐突な出来事に、百戦錬磨の圭一も動揺を隠しきれない。
しかし過ぎた事を悔やんでいても始まらない。圭一はすぐに落ち着きを取り戻した。
まずはこと切れた刺客のボディーチェック。一つ一つポケットの中をあさっていった。
おや?
胸ポケットに定期入れのようなものが入っており、その中に一枚の写真が入っていた。
その写真は、この男と若い女性のツーショット。二人とも青い制服を着ており、胸には消防団青年隊と刺しゅうが施されている。
写真に写っているもう一人の女性......
圭一も美緒も見覚えがあった。
「この写真の女性、さっきトイレで突然私に掴みかかって来たの。その後窓から男が二人入って来て......」
「俺もさっきトイレの前で見てる。この女はそいつに間違い無い」
もしあの時、この女がトイレに入る前に気付いて押さえていれば、美緒を危険な目に遭わす事は無かったし、この男も死ぬ事にはならなかった。
「まだ若いのに......恋人同士だったのかな」
美緒は思わず視線を落とす。
「多分そうだろう。間違い無く言える事は、彼の仲間がこの後我々を死にもの狂いで殺しにやって来るという事だ。
任務とかの話じゃ無く、自らの意志で敵討ちにやって来るだろう。
更にこの写真の女が恋人だとしたら尚更だ。地獄の底まで追いかけて来るだろうな」
恋人を失う悲しみや怒りは、やり場のない憤りを感じさせる。
それら憤りから抜け出したいが為に、その手段として『仇討ち』『仕返し』などを人は行おうとする。
その気持ちはここにいる美緒が一番よく分かっていた。
「間違い無く敵討ちにやって来るでしょうね」
美緒は我が事の様に呟いた。
「来たらまた返り討ちにするだけの事。俺は美緒さんを殺させはしないし、俺も死ぬつもりは無い」




