第5話 清掃員
「刺客が昨晩宇都宮に来ている事が判明した。我々の足取りが完全に読まれているようだ。この混雑したショッピングセンターは危険だ。すぐにここを脱出する」
圭一の悲壮感漂う表情を見れば、事の重大性が嫌でも理解出来る。
自分は今、死地に入り込んでいる......
そう考えると、周りに居る全ての人間が刺客に見えてくる。
「それから......ちょっと言いづらいんだが、美緒さんの住んでいたマンションが放火されて全焼したそうだ」
「えっ、何で?」
美緒は驚きの色を隠せない。目を丸く見開いている。
「我々の退路を断つと共に、ひとつの脅しの意味もあるかも知れん。いずれにせよ、もう東京の家には帰れなくなったって事だ。落ち込んでいても仕方無い。さあ行こう!」
「解りました」
美緒は上を向いた。下を向いていても始まらない。
「解って貰えれば結構」
二人はそそくさと商品の清算を済ませ、足早に駐車場へと向かった。
圭一の眼光はいつにも増して鋭い。怪しい者が近づけば、いつでも対処出来るよう臨戦態勢を崩す事無く進んだ。
やがて二人は、先程圭一が利用したトイレの前に差し掛かった。
「あのお......圭一さん」
美緒は恐る恐る声を掛けた。
「何だ?」
圭一の目は美緒を見ていない。視線は常に周囲に向けられている。 肉食動物から子を守る草食動物の親のようだ。
「ちょっとトイレ......トイレ寄ってもいい?」
美緒は緊迫感漂う圭一に若干怯えた様子。
「......宜しい。でもすぐに戻ってくれ。俺はここで見張ってるから」
「はい」
美緒は足早にトイレの中へと消えていった。
一分、二分......時間は経過していく。
すると、ガラガラガラ......
何やら後方から、台車を引きずるような音が近づいて来る。何の音だ?
圭一は即座に音のする方向に体を向けた。
見れば台車にバケツとモップを乗せた女性清掃員がこちらに向かってやって来る。
頭に三角巾を被りこのスーパーの清掃着を身に着けていた。
見れば二十歳そこそこのパートと思しき女性だった。
その女性は圭一の前で立ち止まり、脇に抱えていた清掃中の立て看板をパカンと開き、女性トイレの前に置いた。
「ちょっと横すみませんね」
訛りがひどい。東京とは違うイントネーションだ。
女性店員は、バケツとモップを持って、つかつかと女性トイレの中に入って行った。
カチ、カチ、カチ......
トイレ入口の上に掛けられた時計の秒針がその時を正確に刻む。
カチ、カチ、カチ......
気付けば更に五分が経過していた。
少し遅くは無いか?
まさか化粧直しでもしてるのか?
やがて中からコツコツと足音が外へと向かってやってきた。
おう。やっと出て来たか......
圭一は美緒が出て来るのを待ち構えた。
しかしトイレから出て来たのは美緒では無く、先程の清掃員だった。
清掃員は清掃中の看板を畳むと台車に乗せ、圭一の前をつかつかと通り過ぎようとした。
「あのちょっと」
圭一はすかさずその清掃員に声を掛けた。
「はい? 何ですか」
清掃員は不思議そうな顔で向き直る。
「二十代の黄色いTシャツを着た人がトイレの中に居たと思うんだが」
「さぁ? 一番奥の個室は鍵が掛かってたんで、そこは清掃出来なかったんです。もしかしたらその中にいる人じゃないですか」
「ああ......そう。有難う」




