第4話 ジョーク
「刺客は十九日、竹芝桟橋に到着して以来、鳴りを潜めていましたが、いよいよ動き出しました。
昨日明け方五時頃、桜田美緒さんのマンションが何者かによって放火されました。
建物は全焼です。幸いにも死者は出ておりませんが出火元は501号室。即ち美緒さんの部屋です。
ガソリンを撒いて火を付けられたようです。これは彼らからの挑戦状なのかもしれません。
それでここからが重要なのですが、彼らはその足で宇都宮に移動しています。確かな筋からの情報なので間違いありません。
これらの状況から判断して刺客のターゲットが美緒さんであることは明白です。
そして刺客は五人。暗殺・誘拐の英才教育を受けた屈強な人間ばかりです。
昨晩宇都宮入りしているという事は、危険がもう間近に迫っていると認識して下さい。
情報の提供が遅れて申し訳ありません。まだ手遅れになっていない事を祈ります。ポール」
何だと! こうしてはいられない!
圭一はズボンをたくし上げながら、トイレを飛び出して行った。
美緒さん!
店内はおしくらまんじゅうをしてるのかと見間違う程のごったがえ。 圭一は器用にその合間を駆け抜ける。
酒コーナーでは段ボール単位で商品を購入している人も多く、カートを引く大勢の客がまるで圭一の行く手を阻むかのように立ち塞がる。
商品の品定めに夢中な客達は、先を急ぐ他の人間などに興味は無い。
美緒さんどこだ!
圭一は人目をはばかる事も無く、羅列された段ボールの上に飛び乗り三百六十度見渡した。しかしどこを見ても美緒の姿は無い。
まさかすでに連れ去られたのか?
圭一に極度の緊張が襲い掛かった。
落ち着け。落ち着くんだ。そうだ!
圭一は思い出したかのように携帯電話を手に取り美緒にコールした。
美緒さん出てくれ!
トゥルルー、トゥルルー、トゥルルー
そして十コール。
「留守番伝言サービスに接続します。ピーという発信音の後に......」
繋がらない。美緒さんどこ行ったんだ!
その時だ。
バンッ!
突如背中を誰かに叩かれた。
「うわっ!」
圭一は口から心臓が飛び出さんばかりの驚きを見せた。
後ろを振り返ると、そこに立っていたのは何と美緒だった。悪戯を含んだ満面な笑みを浮かべている。
「びっくりした? 面白いから隠れてたの。ああ、愉快、愉快」
美緒は鬼の首を取ったかのように、手を叩いて喜んでいる。
「......」
圭一は一瞬安堵の表情を見せたが、その顔はすぐに阿修羅の顔へと変化していった。
「何? 怖い顔して」
美緒は圭一の意外な反応にきょとんとしている。
圭一は呼吸を整え、静かに語り始めた。
「はっきり言っておく。あなたは命を狙われていて俺は命を懸けてあなたを守っている。金輪際このような冗談は止めてくれ。これは最初で最後の通告だ」
圭一の顔に笑顔は無く、鋭い眼光で美緒を睨みつけていた。
予期せぬ圭一の反応に、初めは面食らっていた美緒だが、すぐに状況を理解し、そして素直に応えた。
「はい......解りました。ごめんなさい」
圭一の言葉には重みがあった。
命を狙われている事が思い過ごしであってほしいという願望が、いつしかそれが事実のように錯覚している気持ちを改めるには十分だった。
美緒も決して凡人で無い。




