第2話 香水
痴話もめは外でやってほしいわよね......よくは聞こえないが、凡そそのような事を言っているのであろう。
二人を蔑む視線で見つめる人々の口が、皆への字に曲がっている。
「参ったな......」
まるでおもちゃを強請る駄々っ子だ。手が付けられない。
美緒は猶も声を上げ泣き散らしている。そこまで声を張り上げて泣き叫ぶ事も無かろう。
さすがの圭一もギブアップだ。
「じゃあ今日はこの服で一日通すとしよう。美緒さんが嫌じゃないんならな」
「あっ、今言いましたね。約束ですよ」
美緒はすくっと立ち上がると、満面の笑顔を浮かべた。
「あれぇ? 美緒さん。もしかして嘘泣きか?」
「当たり前でしょう。そんないつも泣いてられますか。さあ次は酒コーナー行きますよ。ビールと焼酎買いに行きます。ほらもたもたしないで」
美緒は右手でショッピングカートを押し、左手で圭一の右手を握り歩き始めた。
実にごく自然な流れだった。不思議な位、何の違和感も無い。何年も前から二人でこうしていた恋人同士だったような錯覚すら覚える。
圭一は美緒の手のぬくもりを初めて感じた。柔らかくて暖かい手だ。なぜか落ち着く。
美緒に手を引かれその後ろを歩いていると、ほのかないい香りが圭一の鼻を刺激した。
シャネルの香水か?
美緒さんとシャネル?
何とも不思議な組み合わせだ。
それにしても俺はいったい何をやってるんだ?
エマさんは極神島で死にもの狂いで戦ってるっていうのに......自己嫌悪の念にかられる。
「ほらっ急いで。みんな家で私達の事待ってるんだから」
美緒は圭一の手をグイグイ引っ張りながら進んだ。
以前『カルラ物産』からの帰途、新宿の地下道を猛スピードで歩く美緒を目の当たりにしたが、その時のスピードに限り無く近い。
この人混みの中を競歩並みのスピードで大きなカートを押して突き進んだらどうなる?
ドスッ......「あっ痛い!」
バコッ......「ちょっとぶつからないでよ!」
ガツッ......「やだ! 誰?」
ズコッ......「お母さん痛い!」
「ちょ、ちょっと美緒さん。もっとゆっくり歩こうよ。みんな痛がってるって。まずいよ」
「ぼさっと突っ立てる方が悪いのよ。関係無いで
す。さあ急ぎましょう」
美緒は更に加速を加え始めた。
「やれやれ......」
美緒は圭一の困った顔を見て楽しんでいるかのようにも思える。
放っておこう......
それはそうと今日の美緒の顔は珍しく血色がいい。
美緒さん峠を越えたのかもしれない......
一時期どん底だった状態を考えれば嘘のようだ。
圭一は肩を撫で下ろし、安堵の表情を見せた。
それにしても何て広いショッピングセンターなのだろうか。
東京では考えられない大きさだ。まるで地平線の先まで売り場が続いているように見える。
天井も極めて高い。確かに解放感はあるが、ここまで高くする必要があるのだろうか?
それぞれの商品のコーナーには、そのコーナーの品目を示すプラカードが設置されている。これが無ければ、買いたい商品に一生掛かっても辿り着けないだろう。
遭難者が出ないのはこのプラカードのお蔭だ。プラカードは地平線の果てまで続く。卵、牛乳、清涼飲料水、酒類......




