第12章 第1話 祭壇の日
熱心な宗教信者の集まる集落。
そこに付き物なのは、お祈り、説教など広い意味での儀式があげられる。
住人の大半が極神教の信者であるこの島でもそれは例外では無かった。
島の中心にそびえ立つ標高二百メートルの寒山の頂上に、その儀式の場である剛健神社が存在した。
寒山の南側には西の森が広がり、その真北にはセントジェーン病院が位置する。
剛健神社からは、東の町に向かって放物線上に三本の参道が設けられており、東の町からは、どの参道から登っても凡そ二十分程度で神社に到達出来る。
三本の参道の中心に位置するその道は胎道と呼ばれ、無数の鳥居が埋められていた。
胎道を上る者はいくつもの鳥居を潜る。京都の伏見稲荷の参道をイメージして貰えばそれに近いかもしれない。もっとも伏見稲荷のような豪華さは無いが......
どの参道も幅約一メートル程度の石段で構成されているが、その段差は均一化されておらず、決して上り易いとは言えない。すぐ頭の上には木の幹や枝がせり出しており、下ばかり見て上っていると、頭をぶつけて瘤が出来る。
九月二十日の木曜。
この日も夜六時半を過ぎた頃になると、それぞれの家の年寄り衆が三本の参道を上り始める。
「よっこらしょっと」
年寄り衆は息を切らしながら、不揃いな段を登って行った。若い衆であれば、さほどきついとは言えないその坂ではあるが、彼ら年寄り衆にとっては試練とも言えた。
「有り難い大神主様のお説教だからこそ、このきつい石段を上る意味もあるんじゃろうけど、毎度の事ながらきついのう」
ジンベイ姿に年期の入った草履。老人の着ているジンベイの胸は完全に肌蹴ているが、気に留める様子も無い。
右手に杖を突きながら、ぎこちない足取りで石段を登る。隣を歩いていたもう一人の老人は顔をしかめた。
「そんな事言ったらばちが当たるぞ。我らがこうして不自由も無く、この年まで生きてこれたのも大神主様のお力のおかげじゃ。それを考えたら月二回の石段上りなんて何ぼのもんじゃ。そう思わんか?」
この老人も腰を曲げ、息を切らせて石段と悪戦苦闘していた。身体がふらふらしている。実に危なっかしい。
誰かに話し掛けるというよりは、むしろ自分に言い聞かせていると言った方が正しいかも知れない。
いずれにせよ今この坂を上る年寄り衆は、厳しい移住を経験してきた初代極神島の衆であり、また極神教の重臣達でもあった。顔に出来た多くのしわは、彼らの積み重ねてきた苦労を物語っている。
「今日はまた大勢来とるのう」
ジンベイの老人が後ろを振り返ると、同じく石段をハアハア言いながら登ってくる老人が多数続いていた。
「何だかんだ言いながら皆楽しみにしとるんだよ。終わった後の一杯の方をな」
「そうなのかもな。ハッハッハッ」
ジンベイの老人は声高らかに笑った。
「おい、じいさん。もうこんな時間だ。遅刻はいかんぞ」
「おうそうだ。急ごう」
二人の年寄り衆は、手を振りながら石段を駆け上がり、剛健神社のあるその上方へと消えて行った。
一方その頃エマは......
ベンチに仰向けになり、夜空を眺めていた。
常夏の島とは言え、9月も下旬に差し掛かるこの頃になると、太平洋から吹き込む夜風は涼しげで心地よい。束の間の休息だ。
「あれがオリオン座? 違ったっけ?」
この島で夜空を眺める場所......
それは言うまでも無く狩人公園。
南国の島で見上げる夜空は、東京で見るそれとは一味違う。正に天然のプラネタリウムだ。




