第1話 慟哭
最愛の恋人であった雄二の携帯電話からの着信。その雄二はすでにこの世を去っている。
警察の報告によると、現場から雄二の携帯電話は出て来なかったという。
しかし美緒の携帯電話のディスプレイには、紛れも無い雄二の名前が浮かび上がっていた。
更に電話に出たのは見ず知らずの少女......
「斉田雄二さんを食べちゃった悪い大牙達がお姉ちゃんの所にも向かったよ。気を付けて。じゃあね」
などと言う内容だった。
その時だ。502号室の扉が勢いよく開いた。
「何だ? どうした!」
美緒の叫び声を聞いた圭一が、血相を変えて飛び出して来た。
「電話が! 電話が!」
美緒は地べたにしゃがみ込み、その体は極寒の地にいるかのようにブルブルと震えていた。
「電話? 電話がどうしたってんだ?」
悲壮感漂う美緒の表情。
これはただ事では無い! 圭一は即座に悟った。
「着信......」
美緒は携帯電話のディスプレイを指差した。圭一は恐る恐る覗き込む。
「こっ、これは!」
さすがの圭一もこればかりは想定外。驚きの表情を見せながらも、努めて冷静に問い掛けた。
「電話の相手と話をしたのか?」
「はい......話しました。女の子......とっさに通話を録音したので聞いて」
圭一は再生ボタンを押した。電話の発信者は確かに女の子であった。
「美緒さん......もしかしたら東京を離れる事になるかも知れん。その心構えだけはしておいてくれ。あと美緒さんの部屋のキーを貸して。念の為、部屋の中を調べる」
美緒は言われるがまま、圭一にキーを手渡す。美緒の手は未だ震えが止まらない。
圭一はゆっくりと鍵を回し、慎重に扉を開けた。そしてすぐ左の電灯のスイッチをONにすると、部屋内は一気に明るくなった。
洗面所、トイレ、寝室、ベランダ、物入れ、天井裏までも余す所なくチェックを行う。不法に侵入した形跡は無いようだ。
「美緒さん。部屋の中は大丈夫だ。中に入ってくれ」
「......」
美緒は住み慣れた自分の部屋に恐る恐るゆっくりと入って行った。
「人が侵入した形跡は無い。今の所はだがな......まずは落ち着いて椅子にでも座っててくれ。ちょっと外で電話をしてくる」
そう言い終わるや否や、圭一は一旦外の廊下に出て、何やら誰かと携帯電話で話を始める。
美緒は静かに考えた......
警察からは雄二の携帯電話は出て来なかったと聞いている。なのにさっきの少女は、雄二さんの携帯電話で自分に掛けてきている。
携帯電話を持っているという事は、自分と交わした雄二さんとのメールも全て見る事が出来るはずだ。
ただ電話の内容は、雄二を殺した人間が自分を襲いに来る? という事を知らせる内容だった。
電話の少女は敵なのか?
それとも味方なのか?
あの短時間の会話からは判断が付かない。ただ間違い無く言える事は、自分にとって決していい話では無いという事だ。
でもなぜ?
雄二さんの仕事の事など自分は何も知らない。
私が命を狙われているとしたらその理由は?
疑念に囚われている最中、圭一がそそくさと部屋の中に戻ってきた。そして美緒の向かい側のもう一つの椅子に腰掛ける。
「美緒さん。少しは落ち着いたかい? ちょっとびっくりしたな」
圭一は努めて落ち着いた態を取って話した。
「私はもう大丈夫。さっきは取り乱してごめんなさい。これは一体どういう事なの? それと......東京を離れる事になるかも知れないと言ってましたけど......」
テーブルの上には美緒の携帯電話が置かれている。ストラップなどは一切無い黒の素っ気ない携帯電話だ。
「まず電話の少女が言っていた大牙とは、極神島にしか生息しない毒蛇の事だ。特に赤目の大牙は大きくて獰猛らしい。
この少女の言っている事を信じるなら、美緒さんの恋人を殺した人間が、今度は美緒さんを狙ってこちらに向かっているという事になる。
今その裏を取ってるからもうちょっと待ってくれ。間もなく分かるはずだ。もしそうなら、東京では美緒さんを守り切れない。安全な場所に移動せんといかん」
「なぜ私を......私を狙う理由は何なの?」
「美緒さんは極神島の秘密を掴んだであろう斉田雄二の恋人だ。普通恋人同士というものは、何でも話すもんじゃないのか? もし俺だったらとっくの昔にあんたを始末していると思うぜ。何知ってるか分からんからな」
圭一の顔は真剣そのもの。冗談を含んだ話では無さそうだ。
「携帯電話が相手の手に渡ったのであれば、あんたらの関係はメールの内容ですぐに分かる。美緒さんの携帯番号から住所も簡単に割り出せるんだぜ。だからここが危険なんだ。分かるだろ?」
ブルルルルー......
突如圭一の携帯電話が鳴った。
「裏が取れたみたいだぞ」
圭一は美緒の前で電話に出た。
「おう、なるほど。やっぱり......今朝到着。分かった。そうか......ご苦労」
圭一は携帯電話を置き、沈痛な表情を浮かべる美緒に視線を向けた。
「美緒さん裏が取れたぞ。極神島から複数の人間が父島に渡って、昨日小笠原丸に乗船したようだ」
「という事は?」
「昨日出発した小笠原丸は、今朝方東京の竹芝桟橋に到着している。残念ながらもう身近に危険が迫っていると考えて間違い無い」
圭一はオブラートに包む事なく、事実を有りのまま伝えた。そして続ける。




