第2話 プロジェクト
女社長が声高らかに笑うと、皆もそれに倣い、お互い顔を見合わせながら笑った。ただその顔は皆引きつっている。
嫌味なのか?
意地悪なのか?
それとも何らかの意図があるのか?
いずれにせよ君子の発言は常にトゲがある。
「今日集まってもらったのは他でも無い。ニュープロジェクトの件だ。私は才能の有る者であれば性別、年齢を問わず、どんどん抜擢していく。
自分の才能が無いのを棚に上げて、抜擢された人間を卑下するような馬鹿社員はこの会社にいないはずだけど、間違い無いかい?」
「......」
その質問に対し、誰も答える者はいなかった。ついさっきまで女性幹部に対し、散々悪態をついていたばかりだ。盗聴器でも仕掛けられているのか? そんな疑念すら生じる程の君子の鋭い発言と言えた。
「いるか、いないか聞いてるんだよ!」
煮え切らない幹部らの反応に君子は一喝を入れた。目に見えぬ雷が頭上に落ち、感電したかのように皆竦み上がる。この女社長、導火線はかなり短い。
「もちろんそんな人間はいないよな」
「ああもちろんだよ」
「そうだよな」
幹部達はお互いに顔を見合わせながら、震える声でごそごそと呟く。
「あらそう......それなら安心だわ。まあいいでしょう。じゃあそろそろ本題に入ろうかしら」
続いて君子は十人の幹部を、左から順に舐めるように見渡した。
蛇に睨まれた蛙。竦み上がった幹部達の顔を例えるなら、そんな表現が実に的を得ている。
そして君子の視線が最初に止まったのは女性幹部の所だった。
「そこの若いの!」
「私の事でしょうか?」
女性幹部はここで初めて顔を上げた。
「お前しかいないだろう。他に若い奴なんかいないんだから。今度のプロジェクトリーダーはお前だろ。名前何だっけ? 企画説明して。手短に」
「はい、営業企画課の桜田美緒と申します。宜しくお願い致します」
君子は椅子にもたれ掛り、テーブルに肘を付いて美緒のプレゼンを待ち受けた。
君子の美緒を見る目は、その他の幹部を見る目とは明らかに違っていた。才能ある者であれば性別、年齢を問わずどんどん抜粋していく......これは人事における君子の哲学だ。
その哲学を象徴するかような今回の人事において、君子が美緒に特別な期待を抱いていたとしても決して不思議はない。
美緒を見詰める君子の熱い視線は、そんな君子の期待の現れなのか? それは君子本人でなければ分からない事だ。
一方、美緒に緊張の様子は全くうかがえない。実に堂々とした口調でプレゼンを始めた。皆が固唾を飲んで注目する。
「では始めさせて頂きます。事前にお配りさせて頂きました資料をご参照下さい。今回はスペインバレンシア地方のオレンジをふんだんに使用したジェラードの販売を企画させて頂きました。バレンシアオレンジは知名度も高く......」
「ちょっと待ってよ!」
突然、出席者の一人が美緒のプレゼンを遮った。
「バレンシアオレンジだって? 今更古いよ。そんなの売れる訳無いだろ。ちょっと考えれば分かるでしょう。これだから素人は困るよ」
周りの幹部衆も誰一人その意見に反論しない。それどころか何人かは露骨に首を縦に振っている。
元々この人事自体に否定的な人間にとっては、美緒の企画内容などはどうでもいい事だった。何を話しても否定するという事は、プレゼンを始める前からすでに決まっている事。
それは美緒も始めから想定していた訳で、特に狼狽えた様子も無かった。
すると美緒が反論するまでもなく、すかさず君子が口を開く。女の味方は、やはり女しか居ないと言う事なのだろうか......
「ちょっとあなた」
「私の事でしょうか?」
美緒のプレゼンを遮った男が聞き返した。
凍りつくような空気の中、これだけの大言を吐いたのだ。さぞかし自論に自信があるのだろう。
「そう。あなたよ。どこの所属? 名前は?」
「はい。販売企画部の部長を務めさせて頂いております沢村一夫と申します。この企画、このような素人では無く、是非私にお任せ下さい。必ずや社長の期待に応えられると確信しております」
男は自信満々で言った。
「出てきな」
「はい?」
「出てけって言ってんだよ。早くしろ!」
「あっ、はっ、はい」
この程度の思考能力の人間と、時間を掛けて議論を交わす程、君子は気長な性格ではない。企業の独裁者は問答無用にバッサリと切り捨てた。
男は顔を真っ赤にし、美緒の顔を睨みながら会議室を去って行く。さぞかしプライドを傷つけられた事に違い無い。
「続けて」
君子は淡々とした口調で再開を促す。
突然の退場に動揺を隠しきれない幹部達を尻目に、美緒はなおも表情ひとつ変える事なく、静かにプレ
ゼンを再開した。
「はい。バレンシア地方の農場をすでに押さえています。そして......」
強からず弱からずその口調は滑らかで、斬新且つ熟成され切ったその内容は、未だ批判的な態度を取り続ける他の幹部達も、心の中では認めざるを得ない内容だった。




