第1話 金山君子
「美緒を一ヶ月間守り通せ」
それは極神島から圭一に送られてきたエマからのメッセージだった。
時は九月十八日火曜。
約束の期日まであと二十二日。エマが東京を離れ、極神島に出立してから四日が過ぎようとしていた。
新宿の西口には高層ビルが立ち並び、そのすぐ奥にはサラリーマンやOL達にとって、オアシスとも言える新宿中央公園が広がっている。
そんなオアシスのちょうど真正面には、一際目を引く全面ガラス張りの真新しい高層ビルが建ち誇っていた。他のビルとは一線を画した豪華さだ。
『カルラ物産株式会社』
派手なエントランスの頭上にはそう書かれている。
床と壁はその多くが大理石で作られ、三階までが吹き抜けとなっているロビーは、何ともゴージャスなシャンデリアが高い天井から釣り下げられていた。
それはこのビルの豪華さを象徴していると共に、とてつもない売り上げを上げている企業である事のアピールでもあった。
このロビーの装飾を見ただけでも『カルラ物産』がどういった会社なのか凡その想像はつく。
そんなビルの二十四階には、大小十個の会議室が設けられている。
『大会議室A』
そこでは間もなく社長主催の幹部会が開かれようとしている。
その会議室の中はと言うと......
壇上部分はその他のスペースより一段高くなっており、そこには大きな机と椅子が1セット置かれていた。下段は、コの字型のテーブルが置かれ、十個の椅子が等間隔に並んでいる。
時刻は朝の八時五十五分。
十個ある椅子は全てカルラ物産の幹部達により着席が完了しており、この後訪れるであろう人物を今や遅しと待ち受けている状態だ。
その十人の幹部達の中、紅一点一際目立つ女性。他の出席者が概ね四十~五十歳代の男性で占める中、その女性幹部は一人若かった。目立たない訳が無い。あちらこちらでその女性に対する噂話が飛び交っている。
「まったく社長は何考えてるのか分からんよなあ。今回のプロジェクトのチームリーダーがあれだってよ。あれ」
男はその女性幹部を露骨に指さし発言。
「まだ会社入って二年だそうじゃないか。確かに頭は切れるらしいけど、それにしてもなぁ......何かコネでもあるんじゃないか? 社長の隠し子だったりして? ハッ、ハッ、ハッ」
「社長の物好きもいいけど、他に示しがつかんよ。頑張ってる奴も多いしな」
それら飛び交う噂話は、確実にその女性幹部の耳にも届いていたが、表情一つ変えずじっと正面を見詰めたまま。土偶のように押し黙っている。
「全く無視か......」
幹部らはなおも不満を漏らし続けていたが、それも馬の耳に念仏。無駄に口を疲れさせるだけだった。
ゴーン、ゴーン、ゴーン......
やがて柱時計が会議開始の時刻九時を知らせる。すると、ギーッという音を立てながら、前方の扉がゆっくりと開き始めた。
幹部らは一斉に起立し、扉の向こうから現れるであろう人物を身体を硬直させて待ち受ける。
コツコツコツ......
やがてヒールの音が会議室内に響き始めると、肉付きのよい中年女性が皆の前に。
黒地にピンクの花柄を散りばめたワンピースを纏い、首元にはプラチナのネックレスが照明の光を反射させ眩いばかりに輝いている。
その女性が現われた途端、更に空気は凍り付く。
「皆さん。お早う」
ハスキーな低い声。実に落ち着き払った口調で壇上から声を掛ける。
「社長。お早うございます!」
十人が一斉に。
現われたのは大企業『カルラ物産』の女社長、泣く子も黙る金山君子であった。
君子が社長に就任したのは、今をさかのぼる事五年前の春。
それまでは、この会社の創設者金山大悟が社長を務め全てを仕切っていたが、六十五歳という高齢の為、当時まだ五十歳であった妻の君子に社長の座を譲った。
自身は会長となり、以後はその一切を君子に任せ、経営には一切口を出さなかった。
それまでの経営状態は横這いであったが、社長が君子に替わってからというもの右肩上がりに好転し、今や業界最王手の地位にまで上り詰めていた。
創設者である金山大悟が経営面で君子に一切口出しをしないのは、口出しをしなかったのでは無く、むしろ出来なかったと言った方が事実に近いのかも知れない。
とにもかくにも、君子は強烈なカリスマ性を持った企業の独裁者である事に間違いは無い。また人事においては、情け容赦が無い事で有名だった。
君子は暫しの沈黙の後、徐に席につく。それを合図に十人の幹部も一斉に腰を下した。
声を発する者は誰もいない。水を打ったような静けさである事は言うまでも無い。
「皆さん朝早くからご苦労。すぐに議題に入る。この一分一秒足りとも会社はあんたらに給料を払い続けてるんだ。無駄な時間など一秒たりとも有り得無いんだからね。特にここに来られている人達はなおさらよ。なんせ高給取りばかりだから。ハッハッハッ」




