第9話 大地
「これは、お守りのミサンガなの。結構効くよ。これつけてれば病気なんかすぐに治るよ」
「わあ可愛い。有難うお姉ちゃん。大事にするね」
桃は満面の笑みを浮かべた。
「おや......桃ちゃんいい物もらったね」
すると後ろから男の太い声が。
振り返ると初老の紳士が一人。首には聴診器、白衣を纏っていた。この病院の医師に違いない。
「あっ、大地先生。いつの間に来てたの?幽霊みたい。桃ね......今日は体調子いいんだ。今ねえお姉ちゃんからミサンガもらったんだよ。ほらいいでしょう」
桃は手首を掲げた。誇らしげな顔が実に愛くるしい。
「いい色のミサンガだね。桃ちゃんはピンク好きだもんな。それはそうと......幽霊はひどいなぁ」
医師は冗談交じりに困った顔を見せた。
「だっていつも突然現れるんだもん。びっくりしたよね。お姉ちゃん」
桃はエマの顔を見上げて言った。釣られて医師もエマの顔に視線を向けた。
「初めまして。私は料亭潮風の柊と申します。看護婦さんにお弁当配達に来たんですけど......桃ちゃんが可愛いかったんで、ついつい道草食っちゃいました」
エマは笑顔で医師に話し掛けた。
「いや、ゆっくりしてらしたらいかがですか。長閑な所ですから。ぜひ桃ちゃんの話し相手になってあげて下さい。この子も喜びますんで」
医師は満面の笑みで答えた。桃も頷いている。
はい分かりました......太一を待たせている事を考えると、そう簡単には言えない。
「すみません。そうしたい気持ちは十分あるのですが、外で人を待たせてるので」
エマは申し訳なさそうな顔で答えた。
「うん......分かった。でもまた来てね。桃待ってるから」
「うん。必ずまた来るよ。桃ちゃんも先生の言う事ちゃんと聞いて早く病気治しちゃおうね」
「大地先生。桃の病気治るの?」
桃は不安げな表情を浮かべた。
「何言ってるんだ。治るに決まってるだろ。でも先生の言う事聞かなかったら治らないぞ」
エマは医師の顔が一瞬曇ったのを見逃さなかった。多分、難しい病気なんだろうな。こんな小さな子なのに......エマは桃の病状を何となく悟った。
「分かった。桃いい子にしてる。病気治ったらお姉ちゃんとピクニック行く」
桃の屈託のない笑顔が眩しい。
「そうしよう桃ちゃん。約束だよ。絶対にピクニック行こうね」
エマも努めて笑顔で応えた。
「さあ、そろそろ病室に戻ろう。あんまりはしゃぐと疲れちゃうぞ」
医師は優しく桃の手を取った。
「それじゃあ桃ちゃん私も帰るね。また必ず来るからね」
「うん。約束だよ。必ず来てねお姉ちゃん」
桃は寂しげな顔でエマに手を振った。エマも手を振りそれに答えた。
あんなに小さいのに心臓悪いのか......
大変なんだ......でも先生が優しそうで良かった。
大地先生って言ってたけど、大地は名字なのかな? それとも名前か? まあどっちでもいいや......
そんな事より、太一が痺れを切らせているに違いない。
急がねば......エマは思い出したかのように病院のアプローチを駆け抜けて行った。
その太一と言えば、地べたに尻を着き、ぐったりした様子。
この暑さの中、目玉焼きが焼けそうな程に熱せられたアスファルトの上で、三十分も待たされればぐったりもするであろう。




