第3話 時の流れ
この島で料理屋といえばこの『潮風』一軒しかない。この島における飲食業界においてはこの『潮風』が所謂『独占』という形になっていた。
もともと島自体が小さく、人口も少ないという事もあるが、何よりもこの『潮風』が独占である事に甘えず、常にお客さんに対し、いい料理とサービスを提供する事の努力を惜しまない結果がこの『独占』を成り立たせている要因と思われる。あとはこの女将と主人の人柄による効果も大きい。
やがてひと段落つくと、大五郎が厨房から出て来た。穴倉から出て来た熊のようだ。
そして汗だくになって店を手伝ってくれた消防団員に向かって一言。
「お前ら今日は俺のおごりだ。御代はいらないよ。ご苦労さん。また頼んだよ」
そう言って彼らを送り出し、団員達は手を振りながら帰って行った。
この島は東京と違って時間の流れが遅い。女将が言った事も何となく頷ける。古き良き時代の日本を彷彿させるような長閑な光景だった。
この島で殺人?
本当にそんな事が起こりうるのであろうか?
この島を訪れた人なら誰もがそう思うであろう。
大五郎はのれんを店内にしまい、営業中の木の札を裏にひっくり返した。営業中の札の裏面は準備中と書かれている。
九月の中旬であっても、まだまだ南国の日差しは強い。この時間太陽は真上にあり、日陰はほとんど無い。
それでも湿度が低いせいか、東京のようなジメジメとした蒸し暑さは感じられなかった。
「いやあご苦労さん。あんたのお蔭で大盛況だったよ。それにしてもすごい人気だったな。あんたの噂を聞いてほぼ島民全員が来たんじゃないか? ここまで混んだのも久々だよ。
夜はもっと混むかもしれんな。まかないもん作っといたからそれ食べた後、島巡りでもしてくるといい。太一に案内するように言っといたから。五時頃までに戻っておいで」
予想以上の盛況ぶりに大五郎はご満悦。ホクホクの笑顔だ。
「はい。有難うございます。いやぁ......本当に楽しかったです。夜も頑張りますよ」
エマは額の汗を拭った。達成感のある仕事で流した汗は実に心地良い。
しかし気持ちに充実感はあっても、体の疲れは隠せなかった。どんなに若くても、長時間の立ち仕事は腰にくる。また昨日の荒れ狂う船の中で出来たアザも未だあちこち痛んだ。
気張っている時は全く感じないその痛みも、一息つくと思い出したかのように彼処が痛み始める。
ああ、腰痛い......
エマは痛みに堪えながら、誰も居なくなった客席でまかない物に箸をつけた。あり合わせとは言え、さすが大五郎の作った料理。エマの舌をうならせるには十分過ぎる程の品質だ。
食堂では無く、料亭と名付けた意味も分かる。自負があるのだろう。
さあ食べるものも食べたし、一旦部屋に戻ろう......
ミシミシミシ......
階段を上り始めると、またいつもの軋み音。慣れて来ると別に気にもならなくなる。
そして二階の廊下に出ると、すぐそこは太一の部屋。今日はなぜか扉が半分ほど開いている。
特に覗き見するつもりは無かったが、何となく足を止め部屋内を覗き込んだ。
部屋の中は暗く、中には誰もいないようだ。年頃の若者であれば、アイドルのポスター1枚くらい貼ってあってもおかしくは無い。
しかしそのような物は一切見受けられなかった。
何か質素な部屋......やっぱ変わり者なのかな?
「俺の部屋の中見て何してんの?」
突然背後から太一の声。
いっ、いつの間に!
「いっ、いや別に......綺麗な部屋だなぁと思って」
苦し紛れに言葉を発すると、どうしても声が上ずるようだ。
「もういいよ。島案内するから外に行くよ」
「あっ、はい。お願いします」




