第2話 消防団
ゴーン、ゴーン、ゴーン......
やがて店内の柱時計は正午の到来を知らせた。いよいよピークの始まりだ。
家族連れや近所の独身男性、その他数々の島民がこの『潮風』にやって来た。皆常連客ばかりだ。
入口の古びたガラス戸は、客が来る度にガラガラとその豪快な音をあげた。呼び鈴要らずだ。
「いらっしゃい」
大五郎がいつものごとく威勢のいい声を上げる。
「いらっしゃいませ」
エマもそれに続く。
「おや新人さんかい?」
店に入ると、皆開口一番気さくに声を掛けてきた。初めて見る顔と言うだけで新鮮味を覚える島民にとって、それが若い女性ときたらたまらない。
「柊恵摩と言います。宜しくお願いします」
エマは有りったけの笑顔でそれに答えた。
気付けばテーブル、カウンター、座席はすでに満席だ。訪れる客は後を絶たず、入口の扉はガラガラと大きな音を立て続ける。
それら客の中には消防団の青年隊も含まれていた。青年隊の中には紅一点女性もいる。彼らも常連客だ。
お昼になると毎日必ずと言っていい程六人で昼食を取りに来ていた。
「うわあ。すげー混んでる」
想定外の混みように、皆口をぽかんと開けている。六人は満席の店内を外から覗き込むと、すぐに見慣れない女性店員に目が留まった。
「あれ新人さんですか? ここの料理本当に美味しいんですよ。我々は消防団の青年隊やってます。ここの料理もう食べられましたか?」
実にフレンドリーだ。
「いやまだ賄い料理しか食べてないんです。さっきから料理運んでて自分も食べたくなっちゃいました。つまみ食いはしてませんから安心して下さい」
「そうでしょう。大五郎さんの作る料理は絶品です。みんな大ファンなんですよ。あと女将さんの色気にも」
厨房内で食器洗いに悪戦苦闘している女将がすぐに反応した。
「何言ってるの? そんな事言っても何も出ないわよ。料理に毒混ぜるわよ。それからそうそう......また父島に消火活動の研修行くって言ってたわよね。権太君。今度はいつからだっけ?」
「あっ、良く覚えていてくれましたね。来週の月曜です。確か十七日だったかな?でも今回は自分病み上がりなんで、留守番なんです。他の五人が行きます。
島民を災害から守る為にしっかり勉強してきてくれるでしょう。それと早く出世していい奥さんもらいたいんで。何て言うのは冗談です。ハッハッハッ」
女将にそう答えたのは権太という大柄で丸刈りの青年だった。しかしその視線はエマを捕えていた。
「あっ! あんた今うちのエマさん見てたでしょう。この子はダメよ。うちの太一の嫁になるんだから。ちょっと油断するとすぐに悪い虫がつく。危ない危ない。本当に毒混ぜようかしら」
女将は冗談だか本気なのか分からない口調。
「えっ? エマさんって言うんですか。本当にこの店の嫁になるんですか?」
不可思議な顔をしている。そう質問したのは六人の中でも一番若く見える小柄な青年だ。
目じりに三センチ程度の斜めに入った大きな傷跡がある。消火活動の際、負った傷なのだろうか。まだまだあどけなさが残る未来ある若者と言う印象だ。
「いやあ......その予定は今の所ちょっと無いようなんですが......」
どうにも答えようが無い。
「女将さん。何か違うみたいですよ。と言う事は......俺立候補します!」
リーダー格の団員がいち早く立ち上がり手を挙げた。
続いて「俺も!」「俺も!」と立て続けに手が挙がり、気付けば隣の八百屋のおじいちゃんも、その孫の少女までも手を挙げている。
何と厨房の大五郎までもしゃもじを上に挙げていた。店中に大爆笑が巻き起こったのは言うまでも無い。
この六人は自分らが食べ終わると、今度は込み合った店を手伝い始めていた。一人は皿を洗い、一人は客から注文を取り、もう一人は何とレジに立っている。
「ええ~と......刺身定食大盛りと海鮮丼とアジの叩き丼で二千五百二十円になります。まいどあり~」
料理の代金も全て分かっているようだ。客にレジを任せるなど都会では考えられない。よっぽどの信頼関係があるのだろう。
彼らの活躍もあり、大賑わいだったランチタイムも何とか切り抜けられたようだ。すごい盛況ぶりだ。
厨房内の洗い場は、下げた食器でごったがえしていた。




