第5話 DNA
エマはナップザックの中から端末を取り出し、立ち上げた。受信トレイに一件のメール。ポールからだ。
「エマさんより、指示をもらっていた美緒の身辺調査の件ですが、どうやら美緒には、血を分けた姉がいるようです。
ただ現時点で美緒はその事を知りません。かなり複雑な状況が絡んでいます。
今の段階では、姉がいるという事だけで、それ以上の事は何も分かっていません。
この件は調査を継続します。なおエマさん。元気ですか。体調崩したりしてないですか?
エマさんの事ですから船酔いで何も食べれない、などという事は無いと思いますが、島は慣れない風土ですから、体には十分気を付けて下さい。
それから絶対に無茶はしないように。早く調査を終わらせて、自分も極神島に行ける日を心待ちにしています。以上ポールより」
エマはメールを全て読み上げると、すぐに消去した。いくら厳重にセキュリティを掛けているからとは言え、この世で絶対という事は有り得ない。
届いたメールは全て頭に入れ、即座に消去する。これはエマが決めたルールであった。
「あいつ何で船酔いの事知ってるんだ? ただの偶然か? まさか盗聴器? さすがにそりゃあ無いか......」
エマはぶつぶつと独り言を言いながら、何気に圭一とポールの事を思い出した。
「あいつら元気でやってるかな? 危険な目に遭ってないかな?」
エマは東京から千キロ以上離れた場所に居ても、二人の部下を思いやっていた。
どう考えてもあの二人よりエマの方が今危険な場所に居る事は間違いない。
危険?
今日この料亭『潮風』の田中一家と接してみて、この島が本当に危険なのか?
エマは心の中で少し疑問を感じていた。
忘れてはいけない......
斉田雄二はこの島の秘密を探って殺されたのだ。
それは今の自分も一緒。
更につい数時間前、森の中で撃ち殺されそうになった事も思い出した。
エマは油断しかけた自分を大いに反省すると共に、これからが戦いの始まりと再認識し、今後絶対に油断しない事を天上の父国雄に誓う。
エマはポールからのメール確認を終えると、更なる二人への指示をメールで送った。
「これで良しと」
パタン......エマは端末を閉じる。
仕事も今日の所はひと段落。張りつめていた気持ちを緩めたその時だった。
「あれっ、何だ?」
その時、鼻の下に何かが流れる感触が。
たまに味わう感触だ。エマは人差し指で鼻の下を摩ってみると、指にはべっとりと血が付いている。
「うわぁ、鼻血だ」
エマはテーブルの上に置かれたティッシュペーパーをちぎって、鼻の中に押し込んだ。
そして指に着いた血を拭き取り、一メートル離れたゴミ箱に向かって投げつける。丸めたティッシュペーパーは弧を描き、ゴミ箱の中に吸い込まれていった。
「ゴール!」
エマは小さくガッツポーズとったかと思えば、次の瞬間にはその場に寝崩れる。
グゴー、グゴー......大きなイビキが部屋中に響き渡る。
人は人を目で識別しようとした時、顔を見る。
足を見て誰なのか識別する人は稀であろう。
そして耳で識別しようとすれば声を聞く。それも当たり前の話。
では殺人事件が起こった時など、犯人を特定するには指紋などを採取し確認する。最近ではDNA鑑定などもスタンダードとなってきている。
そう考えると、顔、声、指紋、DNAなどは全てが個人情報ともとれる。
ましてやゴミ箱に捨てた血液を含んだティッシュなどはその最たるものと言えよう。
あくまでも余談ではあるが。この時点では......




