第3話 酒宴
「どれだけお力になれるか分かりませんが、精一杯頑張ります。宜しくお願いします」
「そんな堅苦しい話し方は止めて。自分の家だと思ってのびのびしてね。それからそこでさっきから威張ってるのがこの店の主人よ」
「おう。俺は田中大五郎ってもんだ。しょっぱなから恥ずかしい所見せちまって。すまんな」
主人は頭をぼりぼり掻きながら恥ずかしそうな様子。やはり後悔はしているようだ。
「恥ずかしいなんてとんでもないです。私の父もすごい怖かったんですよ。全然気にしてません」
「そうか......そう言ってくれるとちょっと救われた気もする。よし! 気を取り直してと......一ヶ月母ちゃん休ませるからエマさん頼んだよ。分からない事があったら何でも俺に聞いてくれ」
エマのような若い女性が家に来てくれてうれしいのか顔は笑顔? いや、明らかににやけていた。
この島は過疎化が進んでいる。特に若い女性が不足しており、慢性的な嫁不足だ。
「父ちゃん何か笑い方がいやらし~い。今何か変な事考えてたでしょう。エマさん気を付けてね」
真菜は悪戯を含んだ笑顔で大五郎をちゃかした。
「お前何言ってるんだ。俺のイメージが悪くなるだろう。止めてくれ!」
「怪しい......」
峰も真菜と一緒になって疑惑の目で大五郎を見下ろす。
「勝手にしろ」
「やっぱ図星じゃん」
峰と真菜は大笑い。なぜか大五郎もつられて一緒に笑っている。もちろんエマも可笑しくて噴き出してしまった。
その後、女将さんがビールを出してきて、暫く談笑の時間となった。笑いが絶えない。
この島に命がけでやってきた目的すら忘れそうな程の盛り上がりとなった。
浜口釣具店の金吉は「ここの島民はちょっと変わっている。しばらくすればそれが分かる」と言っていた。
大五郎は突然烈火のごとく怒り、その直後には満面の笑みを浮かべていた。その事を言っているのであろうか。
ただエマの目には、普通のいい人達としか映らなかった。太一への怒りも、親の愛情の裏返しと考えれば説明はつく。
さっきの大五郎さん......何か桜田美緒みたい。
顔が似ているとか、声が似ているとかそういう話では無い。
怒った時に浮かべる瞬間的な表情。
怒りが冷めた時に現れるごまかすような仕草。
そういった所が妙にダブる。何だか変な感じ?
最初は気になった大五郎と美緒のそんな類似点も、峰が酒を振る舞い、宴竹縄となった頃には、いつの間にどこ吹く風。すっかり忘れ去られていった。
エマは東京での学生生活の事や、小笠原丸での船酔いの事などを皆に面白おかしく話した。
皆エマの話に興味津々だ。
真菜は真菜で酒こそは飲んでいないが、大五郎の酒に起因する失敗談などを真しやかに披露した。
「お前、それここで言うか!」
真菜が話をする度に怒る大五郎も妙に笑いのツボにハマる。
皆時間が経つのを忘れる程の盛り上がりだった。
ゴーン、ゴーン、ゴーン......
やがて柱時計は、日付の変わる時刻の到来を知らせた。
「おう、もう十二時だ。エマさんも疲れてるだろうからそろそろお開きにしよう。色々東京の話を聞かせてくれて有難うよ。真菜、エマさん部屋まで案内してあげろ」
「はいよ。エマさんじゃあ行こうか。今日はもう遅いからまた明日家の中ゆっくり案内してあげるからね」
「有難う。お願いね」
エマは荷物を持って立ち上がった。
「そうそう。着いたばっかりだから明日は朝ゆっくり寝ておくれ。それで午後になったら太一に島案内させるから。仕事は明後日の日曜から頼むよ。おい峰。明日土曜だから太一仕事休みだろう?」
「土日は町役場の仕事休みのはずだから、太一に明日エマさん島内案内するように私から言っとく。あの子シャイだからエマさんリードしてあげてね」
「シャイって言うか、ただの根暗だよ」
真菜が割って入った。年頃の兄妹はどこも仲が悪いようだ。




