第2話 激昂
「太一。お前も挨拶せい」
ご主人はなぜか命令口調。いつもこんな言い方なのか?
「......」
一方、言われた本人は無言。何も話さない。きっと気難しい性格なのだろう。
「太一さんですね。柊恵摩です。一ヶ月間このお店で働かせて頂きます。東京では大学生やってます。宜しくね」
「まあいいんじゃない。それじゃ」
言い終わるとさっさとエマに背を向け、そそくさと二階へ戻ろうとする。無愛想にも程がある。
年齢は二十歳位だろうか。髪の毛は真っ黒で真ん中で分けている。Gパンに白のTシャツで飾りっ気は無い。
人見知りが激しいのか?
それとも重度の偏屈か?
真菜の兄と思われる。
「おい太一なんだその態度は! 柊さんに失礼だろう!」
息子のそんな態度を目の当たりにした主人は突然立ち上がった。その拍子で座っていた椅子が「バタン!」と大きな音を立てひっくり返る。
見れば顔はパプリカのように真っ赤。額には青筋がくっきりと浮かび上がっていた。
突然の反応に、思わずエマの目は点。
そんなに怒る事? ちょっとびっくりだ。
「待て!」
主人は太一の後を追い掛けようとした。
「ちょっとあんたやめなさいよ。エマさんびっくりしてるじゃない。恥ずかしい」
女将が主人の左手を強く押さえた。主人は前のめりになりながら立ち止まる。
「お前なあ。せっかくエマさんが店手伝いに遠くから来てくれたのに、その態度はねえだろう! エマさんに謝れ!」
主人の怒りは収まらない。顔色はパプリカから熟したトマトの如く更に赤みを増している。
女将の手を振り払い、今にも殴り掛からんばかりの勢いだ。
「いいんです。私が悪いんです。こんな遅くに来ちゃって......本当にごめんなさい。お願いですからけんかは止めて下さい。お願いですから」
エマは完全に困り果てる。
「あんた血圧高いんだから......起こると血管切れるわよ。早く座って。ほら太一! もういいから上に上がって。早く寝るのよ。ほら行って!」
女将は大きなお腹を揺らしながら必死に仲裁した。母親が強いという点においては、この島も本土と変わらないようだ。
太一も何か言いたそうだったが、口をもごもごさせているだけで言葉にならない。興奮して頭が回らなければ口も回らないのであろう。
顔を硬直させたまま、そそくさと二階に退散して行った。
「まったく!」
主人は倒れた椅子を起こしながら、吐き捨てるように言った。
「まったくはあんたの方よ」
「俺か?」
「そうよ」
「そうか?」
「そうです。いや嘘です」
エマもつい会話に参加してしまった。
「ハッハッハッ。エマさん正直ね。正直な人に悪い人はいないわ」
「ハッハッハッ。その通りだ」
ほんの数秒前まで烈火のごとく怒っていた主人が、いつの間に笑顔を浮かべている。感情の起伏がここまで激しい人がいるのだろうか。
さっきまであんなに重かった空気が、一瞬にしてこの軽さ。
空気が軽くなるのは歓迎だが、展開の激しさに頭がついていかない。
まあ慣れるしかないか......
「ああ、そうそう。まだ私の自己紹介して無かったわね。私はこの店の女将で田中峰っていいます。
見ての通りコウノトリの気まぐれでこんなお腹なの。今年四十歳で高齢出産でしょ。
念には念を入れて、少し店休もうと思って。あなたみたいな人が来てくれて良かったわ。
来月には出産予定だから、それまでこのお店とそこの旦那の事宜しくね」
女将は流し目で主人を見ながら言った。




