第8話 暗号
やはり時間の無駄か?
エマは詮索を諦め、この場を立ち去ろうとしたその時だった。
んっ、何だ?
エマの目はある一点に釘付けとなった。
それは高さ五十センチ、幅も五十センチ程度。岩と呼ぶには少し大げさ過ぎる小ぶりの岩石だった。
下の端の隠れた所に文字の様なものが刻まれているようだ。非常に小さく書かれたその文字は、ちょっと見ただけでは絶対に気付かない。
岩石の表面に付着した雨水が反射した為、たまたま見つける事が出来たと言えよう。
何て書いてあるんだ?
エマはLEDライトを近付け、目を細めて覗き込んだ。刻まれた文字が雨水に反射して浮かび上がる。
『C Q J ♀ N S J ♂』
岩石の表面に、何か尖ったもので引っ掻くように刻んだものと思われる。
何だ、この文字列は? 全く意味不明だ。
事件と関係があるのか? 無いのか?
現時点ではそれも分からない。
念の為、メモしておこう......
エマはその文字列を手帳に書き留めた。
よし、先を急ぐべし!
エマは再び女子大生エマに衣替え。さすがに特殊スーツで街中は歩けない。目立ちすぎる。
時刻はすでに十時半をまわっていた。
雨は船で着岸した時に比べ、かなり小降りにはなってきてはいるが、風はまだ強く人通りはほとんど無い。
外灯は周囲を明るく照らし出し、思っていたより発展した町並がそこには広がっていた。
海岸通り沿いには店が立ち並び、民家も生活感が漂っている。父島ほど賑わってはいないが、そうかと言って過疎化が進んでいるような印象も無かった。
何だ。普通の町と変わらないじゃん......
エマは内心ほっとしていた。
第一浜口丸から見た極神島は、まるで悪魔が住んでいてもおかしく無いような印象だった。
最初に島を見た時の印象がそのままこの島の先入観となっていた為、店が建っている事自体がエマにとって不思議に思えたのかも知れない。
「料亭潮風はどこだ?」
エマは海岸通り沿いを順に見て回る。
野良猫が足に絡み付く事はあったが、人とすれ違う事は無かった。
雨の中、自動販売機の明かりがおぼろげに辺りを照らしている。
そんな海岸通りを歩く事十分。大きな看板が建て掛けられている建物が視界に入って来た。
『潮風』看板にはそう書かれている。
「おう。あったあった」
看板の明かりはすでに消されているが、店内の照明はまだこうこうと点いている。
食器洗いでもしているのだろうか。水の流れる音が扉の外まで聞こえてくる。
エマは店の正面で仁王立ち。一回大きく深呼吸をした。
よし。行くぞ!
気合を入れ直し料亭潮風の扉を力強く開けた。
ガラガラガラ......
昭和を思い出す開放音だ。
「こんばんわ。東京から来た柊です」
エマは夜半にも関わらず、大声で挨拶。
店中には洗い物をしていた四十代の女性と、客席のテーブルで計算機を打っている五十代の男性の二人。
二人は一斉にエマの事を見る。洗い物をしている女性はお腹が大きいようだ。
エマはそんな二人にありったけの笑顔を見せた。
時刻はすでに十一時。
家を訪ねるにはちょっと遅すぎた? かも知れない。




