第7話 断崖
やがて家から出て来た男が大きな足音をたてて倉庫の中に入って来た。
「玲奈。今誰かとしゃべってなかったか?」
「うん。しゃべってた」
「誰かがここに居たんだな? 答えろ玲奈!」
男の目は即座に吊り上り、興奮しきった様子。
「大牙の花子としゃべってたんだよ。赤目の」
「えっ? 何? 大牙の花子? 大牙としゃべってたのか......なるほど。いいか! ここには勝手に入るな。分かったな!」
「うん、分かった。ごめん」
玲奈はしょぼくれ顔。
「分かればいい。家に戻るぞ」
男は乱暴に玲奈の手を掴むと、引きずるようにして倉庫を後にした。
玲奈は倉庫を出た所で立ち止まり、エマが走り去った丘の下の方をじっと見詰めている。
「どうした。何を見てるんだ?」
「うん。さっき赤目より強そうなメスの大牙が丘の下に走り去って行ったの」
「お前何を言ってるんだ?」
「強い上に頭も良さそう。きっとまた来るよ。次は会えると思うよ」
「何でもいいから早く家に入れ!」
二人は家の中へと消えて行った。そして先程までエマと玲奈が居合わせていた倉庫の中では、未だ無数の大牙がゴソゴソと不気味な音を響き渡らせている。きっとその音は一晩中続くのであろう。
その頃エマはというと......
がむしゃらに東の方角へと走り進んでいた。
「遺伝子操作? 大牙に? それは何の為?」
玲奈の言った言葉が頭を離れない。
なぜそんな事を?
考えれば考える程、分からない。
事件と関係はあるのか?
それも分からない。
全てが分からない事ずくめだ。ほとんど情報が無いこの状況下において、考えた所で答えが出るはずも無かった。
今は考えるだけ無駄だ......
エマは一旦考えるのをやめ、東の町に辿り着く事だけに集中した。自然とピッチが上がっていく。
玲奈の家の丘を降りてから、狩人公園に辿り着くまでには大した時間を要しなかった。
途中公園の手前にはフェンスがあったが、エマはひょいと登って簡単に乗り越えた。
ナップザックとスーツケース総重量二十キロの荷物を担いでいる事は言うまでもない。
エマはフェンスを飛び越えた所で一旦立ち止まる。
目の前には整備された狩人公園が広がり、背中には今飛び越えたフェンスが横に張り巡らされている。
そしてすぐ右側は落差三十メートルの崖。崖の先が、果てしなく広がる太平洋である事は言うまでも無い。
今エマが立ち止まったその場所......
それは正に斉田雄二が自殺したとされるその場所であった。
この崖から飛び降りたら、万に一つも助かる見込みは無いだろう。自殺するにはもってこいの場所と言えた。
何か手掛かりは無いか?
エマは雨の中、LEDライトを照らしながら辺りを隈なく探した。
何か落ちているかも?
エマはその場に這いつくばり、あちこちを弄った。草の根分けて、手を泥だらけにしながら詮索する。
空き缶か......
これもただのゴミか......
うっ、トカゲの死体!
そしてひたすら探す事十分。
結局、これと言って手掛かりとなるようなものは何も見付からなかった。
もっとも、自分は他殺という前提でこの島にやって来ている。そう考えると、自殺したとされるこの場所も適当なのかも知れない。




