第6話 レナ
扉を除く壁四面全てに天井まで檻が隙間なく積まれ、その檻の中で無数にうごめいているもの......
それは蛇だった。少なく見ても千匹は下らない。
「大牙だ!」
エマはタオルで鼻を覆った。千匹にも及ぶ大牙は耐え難い強烈な匂いを発している。五分も居たら意識を失いそうだ。
大牙は倉庫内の突然の明かりに興奮したのか「ジージー」という異様な音を発し、檻の中で激しく動き回っている。
エマが一瞬よろけて顔を檻に近付けると、大牙達はここぞとばかり一斉に飛び掛かって来た。檻が無かったら、鼻をかじられていたに違いない。
よく見れば大牙の目は真っ赤だった。まるで怒り狂っているかのように見える。狂気の顔だ。
蛇ってこんな凶暴だったっけ?
エマは首を傾げた。
子供の頃、何度か父に連れられ、動物園に行った事があるが、そこで見た蛇達は人間には興味を示さず、寝てばかりいた。
明らかにこの赤い目の蛇はそれらと違っていた。
一方、赤い目の大牙と逆側の檻の中にいる集団はと言うと、実に大人しい。
檻も先程のものに比べると簡易に出来ているようだ。ゴソゴソと動いてはいるものの、エマには全く興味を示さない。
見れば目は白く、動物園で見たそれと大して変わりは無い。動きも鈍く、比較的個体の大きさも小さい。
同じ大牙でも大きくて凶暴なのと、小さくて大人しいのと種類があるようだ。
エマはポールのメモを思い出した。
大牙を研究している人がいると書かれていたが、もしかしたら隣の家でうたた寝をしているあの男がそうなのかも知れない。
ただ、さっき人の気配を感じただけでライフルを構えて撃とうとした。研究しているだけとは到底思えない。
時刻は夜の十時。思わず時が経つのを忘れて長居してしまったようだ。
おっと。先を急がねば!
エマは思い出したかのように立ち上がり、扉に向き直った。
すると......
「お姉ちゃんだあれ? 何してるの?」
見れば玲奈と呼ばれる少女が、扉の前でポカンと立ち尽くしているではないか。
余りの驚きに、一瞬頭の中が真っ白になる。
「ああ~えっと......そうそう。お姉ちゃんはご主人さんの友達で、蛇に餌をあげに来たんだよ」
エマは笑顔を振り撒きながら言った。引きつった作り笑顔程痛々しいものはない。
「そうなんだ。お姉ちゃんも蛇が好きなんだね。私も大好き。とっても可愛いよね」
「も、もちろん大好きだよ。どちらかというとこっちの目が白い方が好きだな」
「お姉ちゃんは遺伝子操作してない大牙の方が好きなんだね。私はどっちも好きだよ」
遺伝子操作!
エマは驚きの色を隠せなかった。血圧が急上昇する。
その時だ!
「おい玲奈何やってるんだ? 誰か居るのか!」
突然倉庫の外から男の叫ぶ声。玲奈は即座にエマの顔を見上げる。
エマは母親の様な笑顔を作り、優しく玲奈に話し掛けた。
「玲奈ちゃんだっけ? 今日はびっくりさせようと思って、蛇がもっと元気になる餌をあげに来てたんだ。だからご主人には内緒でね。分かった玲奈ちゃん」
「うん。分かった。内緒にしとくよ」
玲奈も笑顔で返した。
エマはそおっと扉の外を見渡した。男の姿はまだ見えない。
「玲奈ちゃん。じゃあ行くね。またね」
エマは玲奈に手を振りながら、素早く倉庫を飛び出して行った。そして身を屈め足音を忍ばせながら、いち早く丘の下へと駆け下りて行く。




