第4話 謎の少女
すぐ右側は崖だ。足を滑らしたら最後、三十メートル下の岩場に叩きつけられ一巻の終わりだ。
「よっ、よっ、あらよっ!」
ぬかるんだ地面は気を抜くと、すぐに足を取られる。気は抜けない。しかしエマの足取りは軽快だ。
担いでいる荷物を二つ合わせると、軽く見ても二十キロは下らないだろう。にも関わらず、木を避け、岩を避け更に加速を増していく。恐ろしい脚力と体力だ。
エマの特殊スーツの太ももがきつかったのは、足の筋肉が発達した為で、決して太った訳では無かった。
西の森を抜ける中で、途中蛇のようなものが何度も足に絡みついて来たが、エマの足を止めるには至らない。
極神島は動植物において固有種が非常に多く、大牙もその例外では無い。
途中、聞いた事の無いような動物の鳴き声や、見た事の無いような大きな鳥が、頭を霞めて飛んで行ったりだとか、通常の人間であれば腰を抜かすような環境においても、エマは全く怯まず、快調に走り続けた。
ところが走り初めて二十分。
「ん?」
エマは突然立ち止まり、即座に腰を屈め、木の陰に身を潜めた。
今、確かに人の気配がした.....
それは明らかに動物の気配では無かった。
人の気配を即座に感じ取り、動物のそれと区別出来るような能力は、エマが生まれながらに持ち合わせていた野性的直感みたいなものなのであろう。
エマは隠れた木の陰からそっと顔だけを出し、気配のする山側に視線を向けた。
えっ、女の子!
なんとそこには小さな女の子が、とぼとぼと歩いているではないか。
何でここに人がいるの?
しかもあんな小さな女の子がなぜ?
木が生い茂っている為、断続的ではあるが、木と木の間で間違い無くその姿が見え隠れしている。
よく見れば、その付近だけ木は切り取られ、人為的な作業が施されていた。
「おい玲奈外出ちゃだめだと言ってるだろ!」
突如響き渡る男の太い声。
少女への愛情など微塵にも感じられない実に冷淡な口調だ。
「ごめんなさい。すぐ戻る」
少女は慌てて山の中腹へと掛け上がって行く。玲奈という名前なのであろう。
すると中腹から大柄な男がのっそりと現われた。
突き刺さるような鋭い眼つき。鋼鉄のような筋肉に覆われたその体は、まるで鋼の鎧をまとった魔人のようにも見える。
「早く来い!」
男は再びそう叫ぶと、俊敏な動きでライフルを構えた。
男が構えたライフルの銃口......
それは何とエマが隠れる大木に向けられているでは無いか。
見付かったのか!
エマは天敵を前にしたカメのごとく瞬時に頭を引っ込める。
心臓がバクバクと強い鼓動を始め、冷や水を被ったかのような緊張感が全身を包み込んでいく。
そして男が今にも引き金を引こうとしたその時だった。
なんと偶然にもエマの足元にリスが現われ、そのリスは呑気に草葉の間を駆け抜けて行った。
「何だ......リスか」
男は肩の力を抜き、ゆっくりとライフルの銃口を下に落とす。そして眉間に大きなシワを寄せると、足元でブルブル震える少女に鋭い視線を浴びせた。
「今度勝手に外に出たらどうなるか分かってるな! ここに居れるだけ幸せと思え!」
「分かった......」
少女は恐怖に慄いている様子。
「よし。戻るぞ」
二人は丘の向こうへと並んで進み、やがて見えなくなっていった。




