第3話 毒蛇
「金吉さん。色々教えてくれて有難う。やっぱ私、今から東の町に向かうね。大牙は大丈夫。ちゃんと準備してるから」
「準備してるって......あんたいったい何者なんだ? まあそれは聞かない約束か......いいだろう。気を付けて行くんじゃぞ。わしは船早く直して父島に帰るから。まあ暫くはここで修理してると思うがのう」
金吉は笑顔でエマにそう告げると、手を振りながら小走りに船へと戻って行った。エマも金吉に手を振り、送り出した。
意外といい人じゃん......
第一印象が悪かっただけに、極神島の歴史をあそこまで詳しく教えてくれた事が意外でもあり、また嬉しくも思えた。
無事に父島に帰って下さい。切にそう願った。
エマは思い出したかのように、ポールが書いてくれた『メモ2』をポケットから取り出す。
『西の森と大牙について』冒頭にはそのように書かれていた。
「東の町の最南端に狩人公園という大きな公園がある。公園の南側には崖が広がり、狩人公園と西の森は隣接している。
西の森には、『大牙』という猛毒を持った蛇が無数に生息している為、狩人公園から西の森に人が簡単に入れないよう、頑強なフェンスが設置されている。
大牙は、ヤマカガシが進化した蛇で、その毒性は極めて高い。本来ヤマカガシは九州、四国、五島列島などに生息し、小笠原諸島には生息しない。
なぜ極神島に大牙が生息しているかは不明。大牙の毒は、体内に入ると血小板に作用し破壊する。そして血液内で化学反応を起こし、血液は凝固能力を失う。
その結果、大牙に咬まれると、凡そ三十分程度で皮下出血、内臓出血、脳内出血、血便、血尿など、体のあらゆる場所から出血が起こり、大抵の人間は一時間程度で死亡する。
大牙の毒の殺傷力はマムシの三倍。ハブの十倍と言われている。エマさん仕様の特殊スーツは、大牙に咬みつかれても、その歯は通さないので問題無いが、念の為、毒を中和する血清AZ-1を二本用意したので、万が一の際は血清を注射する事。
血清が効くのは、咬まれた後三十分まで。以降は注射しても効果が無い為、遅くとも咬まれてから三十分以内に打つ事。
早ければ早い程効き目が良い。また極神島内に大牙を専門に研究している人が居るらしいが、その人物の名前、住所等は一切不明。以上」
エマは全文を頭に叩き込んだ後、メモ1、メモ2共にまるめて焚火の中に投げ入れる。
もし万が一このメモを誰かに見られるような事があったら、間違いなく怪しまれて計画に支障を来す。今回自分は料亭にバイトに来た学生だ。
今一度その事を頭の中で再確認した。
「これで良し。じゃあそろそろ行くとしますか」
エマは両手を膝に当てて立ち上がる。
「痛いなあ、あちこち。でも生きて島に辿り着いたから良しとするか」
エマは洞窟の中で特殊スーツに着替えた。色は黒。見た目はサーファーのウェットスーツのように見える。
エマの体型に合わせて作られている為、体に完全にフィットしている。太ももの辺りが少しきつかった。
「あらっ、ちょっと太ったかしら? まあこの仕事が終われば痩せるでしょう」
エマはそんな独り言を呟きながら、ナップザックとスーツケースを担ぎ上げる。
エマは父国雄の娘として生まれ、このような仕事をするに至ってはいるが、二十四歳の若き女性である事には違いない。
もし普通の家庭に生まれ育ったのであれば、今頃おしゃれをして、恋をして、もしかしたらすでに幸せな結婚生活を送っているのかも知れない。
ただ今のエマはそんな事に興味は無かった。
「さあ出発!」
エマは意を決し、西の森の中へと飛び込んでいった。




