第2話 神の子
「この島の住人は、もともとその多くが他の島に住んでた連中だ。理由はよう分からんが、島のとある村の村民が、その他の村民から迫害を受けていたらしい。
その村はすごい貧乏で、彼らは悩んだ末、島の外に移住する道を選んだそうだ。貧乏な上に迫害されたら出て行きたくもなるだろうにな。
そんである日、数台の船に別れて老若男女を問わず、全員が島を出たそうだ。途中、今日みたいな嵐に巻き込まれちまって、船の数台は海に沈んじまったそうだ。
当時の船はこの船みたいに頑丈じゃなかったからのう。結構大勢死んだらしいぞ。運よく沈まなかった船が辿り着いたのが、この極神島だったという訳だ。
その後、彼らに待っていたのは、正に地獄の世界だったという話じゃ。農地の開拓、住居の確保、森林の伐採。彼らは自分らの安住の地を得るために、必死になって働いたそうじゃ。
大牙に咬まれて命を落とした人も少なく無いらしい。やがて彼らは必死の努力が報われ、島全体が一つの自治体として国から認められたそうじゃ。今では全員が戸籍も取得している。
ただこれらの歴史は表舞台に出る事は無く、ほとんど知られていない。それから当時迫害を受けていたという事も伏せられた。
そんな暗い歴史があって尾を引いてんのか、その他の小笠原の島々と、極神島では未だ積極的な交流は行われていない。
今に至っちゃ、父島と極神島を船で行き来するのは、この俺とほんの数名だけになっちまってる。
少し話はさかのぼるが、極神島に到着して、開拓を始めた頃の一番厳しい時、人々は何かすがるものが欲しかったんだろうな。人間辛い時には神頼みってよく言うじゃろ。
同じ目的に向かって、共に汗水流して働いた仲間が、過酷な環境の中で次々と倒れていく。
生きてる人間は、仲間の為に犠牲となりこの世を去って行った連中は『神の僕』となって、あの世で幸せに暮らしていると信じたかったんだなあ。
その思想が年月を追うごとに進化していって、今じゃ自らを『神の子』と呼ぶようになり、仲間の為に命を落とした人は、必ずあの世で『神の僕』となって幸せに暮らすと今でも信じられているそうだ。
その宗教こそが極神教であり、この島の名も極神教にちなんで極神島になったという経緯だ。
今この島の住人の99%が極神教の信者だ。そして自分らを『神の子』と呼んどる。
まあオカルト映画で出てくるようなカルト宗教じゃあないから、そんなに気にする事は無いが、皆信仰心がとても高い。それだけは覚えといた方がいいぞ。
この島はとにかくそういった深くて重い歴史があるもんだから、島外の人間と積極的に交流をしようとはしない。
ただ、もともと島に移住して来た時の人数が少なかったのに加え、今じゃ過疎化が進んどる。
最近じゃ島の方針として、島外から島に住む人を誘致しているって話を聞いた事があるぞ。
苦肉の策なんじゃろうがな多分。祖先の血を絶やす訳にはいかんのじゃろ。あんたのバイトももしかしたらその一環なのかも知れんぞ。まあよく分からんが......
あと最後にもう一つ。この島に伝わる迷信じゃが、『神の子』は島外に出て行っても、必ず島に戻るという言い伝えがある。
実際、都会に憧れて東京に出て行った若者が数名おるが、結局数年で全員島に戻って来てる。これは迷信とかじゃなくて、島の住人の性格が島外の人間と合わないせいだと俺は思ってる。
とにかくここの住人ときたら普段は本当に穏やかなんだけど、感情的になると止まらないという厄介な特徴があるんだわ。泣いてるかと思ったら次の瞬間には怒ってたりとか、ころころ変わる。
遺伝子の関係なのかも知れんな。医学的な事はよく分からんけど。この島に滞在するなら、とにかく島民の感情を高ぶらせない事じゃ。
それさえ理解してればあんたなら大丈夫。きっと島民も大歓迎してくれるんじゃないか? 美人だしのう。まあ、今俺が話せる事はそこまでだ。あとは島の連中に聞いてくれ」
エマは、今金吉が言った事を全て頭に叩き込む。潜伏する上でとても有力な情報だ。特に重要な部分に関してはメモに残した。




