第1話 金吉
やっとの思いで極神島に辿り着いた二人。焚き火に手をかざし、幾分か落ち着きを取り戻していた。
焚き火の火を見ていると、心が落ち着くという話を良く耳にするが、その話には科学的な根拠があった。
焚き火の炎の揺らめきは凡そ10HZの周波数と言われ、それはいわゆるα波の周波数に極めて近い。
また炎のオレンジという色自体にも、心を穏やかにする効果があると言われている。
焚き火の炎に限らず、波などの自然情景を長時間見ていても飽きないのは、それなりの理由があるとういう訳だ。
また、荒波の音、洞窟に吹き込む風の音、船が揺れる度に発する軋み音など、様々な音が混ざり合うと、それらは実にリズミカルで音楽のようにも聞こえる。
騒然とした都会の中で長期間暮らしていると、ピンとはこないが、人間もその他の動植物と同様、本来自然界の中で生きていくように、体も脳も設計されているのかも知れない。
「まあ何とか極神島にたどり着けたはいいけど、この後どうするんだい?」
「私は今晩中に東の町に行きたいんです。どう行けば一番早いですか?」
「悪いことは言わねえ。出発は明日の朝にしろ。東の町に行くには、西の森を抜けてかにゃあならん。
歩いて一時間も掛からんけど、夜西の森を抜けるのは危険だ。森には大牙っていう毒蛇が生息しとる。咬まれたら最期じゃ。
昼間は巣で大人しくしとるが、夜になると活発に活動する。夜行性の生き物じゃからのう。だから行くのは明日にしとけ」
「う~ん......どうしよう? それで金吉さんはどうするの? 東の町に行くの? この嵐じゃ父島帰れないでしょう」
「嵐もそうだけど、ここに入る時あちこち岩にぶつけたから船が壊れちまってる。
こいつを修理しない事には船は出せん。それと俺は東の町には行かない。
ここで船を修理してそのまま帰る。まあ修理に数日間はかかるだろうけどな。そのうち嵐もどっか行くだろう」
「そっか......分かった」
きっと町には行きたくない理由があるのだろう。あえて聞きはしなかった。
「そうそう。エマちゃんだっけ? エマちゃんはこの島に一体何しに来たんだい?」
金吉は薪を補充しながらエマに問い掛ける。焚き火はバチバチと音を立てながら激しく燃えた。芯まで冷え切っていた身体が徐々に温まっていく。
「この島にある料亭潮風という所に短期でバイトしに来たんだ。住み込みだよ」
「ふーんそうか。住み込みのバイトか。じゃあ一つだけ教えといてやる。
この島の奴らはとにかくちょっと普通と違う。最初は分からんと思うけど、何日かすればきっと分かる。
料亭の仕事にだけ集中して、死の岬の向こうに何があるとか、変な詮索をしない事だ。
そんでバイトの期間が終わったらすぐに本土へ帰れ。それだったら問題無い」
「そうそう。聞こうと思ってたんだ。死の岬の向こうには何があるの?」
「だから今言ったばかりだろう。そういう詮索をやめろって言ってるんだよ。生きて帰りたいだろう」
今の金吉の言葉を裏返すと「詮索すると生きては帰れない」という事になる。言葉とは正直なものだ。
「金吉さん船の中では、死の岬の事を話したら殺されるって言ってたし、今も生きて帰りたかったら死の岬の事を詮索するなって言ってる。金吉さんが恐れてるものって一体何なの? 教えてよ!」
エマは紅潮した顔で金吉に迫る。
「あんた......本当はバイトで来ただけじゃないんだろう。まあそれはいいか。聞かない事にしよう。あんたにも都合ってもんがあるじゃろうからな」
金吉は木の枝で薪をかき回しながら言った。薪はバチバチと音を立て、火の粉が宙に舞う。
「じゃあ少しだけこの島の事を話してやろう」
「頼むよ。金吉さん」
エマは思わず身を乗り出す。金吉は一旦呼吸を置き、焚き火の火を調整する手を休めた。




