第4話 上陸
そうこうしているうちに、崖の窪みが目前に迫って来る。
よく見れば、その窪みの両脇には大きな岩がせり出し、船一隻がやっと通り抜けられる程度の隙間だ。
その先は洞窟のようになってなっているようだが、どの程度奥まで続いているかは未知数だ。
通常の海の状態で、金吉の操縦技術を持ってすれば、ここを通り抜ける事は赤子の手を捻るようなものだ。
ただ今は状況が明らかに違う。
船は大きく左右に揺れ、立っている事すらままならない状態だ。
「ここに行くのがやだと言った理由が分かったろう。ただもうここを通り抜ける以外に方法は無い。一か八か突入する。しっかり掴ってろ!」
「了解。きっと出来るって。頑張れ金吉さん!」
「任せとけ。行くぞ!」
やがて船は岩と岩の隙間に突入した。船の横揺れは収まらない。船は大きく左右に振られる。
船首は何とかうまく進入したが、その後のコントロールが効かない。やがて船の側面が岩と接触を始め、けたたましい音が響き渡った。
ガリガリガリガリ!
「うわっ!」
「うわっ!」
エマは岩にぶつかった衝撃で、コックピットの壁に突き飛ばされた。棚の中に納められていたありとあらゆる物が四散する。
それでも金吉は、船の操縦桿を意地でも離さない。
船は両サイドを岩に接触し続けながらも、失速する事無く、崖の隙間奥に進んでいった。
やがて船首が浅瀬に乗り上げ、船は停止する。
「ふう」
金吉はため息をつく。
「痛たたた......」
エマはぶつけた腰をさすりながら、痛みに堪えていた。
雨は一向に収まる気配を見せず、その雨粒は天から降り注ぐ無数の矢の如く、停止した第一浜口丸に突き刺さり続ける。
そして今ここに、エマは初めて極神島に足を踏み入れたのであった。
この状況下において、五体満足で極神島に上陸出来た事は正に奇跡と言って良い。
エマは海水に浸りきった前髪をたくしあげながら三百六十度周囲を見渡す。
まずは海側。
今船が通過した岩と岩との隙間は、その内側から見ると更に狭く感じた。
「よくこんな所を通り抜けたものだ」
隙間から見る海はとても細い。
洞窟の入口を入りきった所に船をとめている為、海から見れば、真っ暗でここに船が着岸している事には気付かないだろう。
次に洞窟の中。
エマはナップザックの中から、高性能なLEDライトを取り出し、洞窟の奥を照らした。
洞窟の入口の大きさは、第一浜口丸がすっぽり入る程度の大きさだ。高さ二十メートル横幅十メートルという所であろう。洞窟の奥は、入って三十メートル程度の所で二手に分かれている。
その先は洞窟がどんどん狭くなっているようだが、どこに通じているのかは分からない。
足元の浅瀬には、カニやらヤドカリなどが一面にごそごそと動いている。
また直径十五センチ程度の石が一面に敷き詰められており、非常に滑りやすい。
エマはつま先に重心を置きながら、ゆっくりと歩を進め、浅瀬の終わりきった水の無いスペースに腰を下ろす。
洞窟の中は、全く光の無い世界。LEDライトだけが視界を維持する上で、大事な役目を果たしていた。
やがて金吉は木の枝を集め、船の燃料を振りかけた。そして火を灯す。焚き火の明かりがおぼろげに洞窟内の景色を浮かび上がらせた。
九月中旬という季節ではあるが、長時間海水を浴び続けた体は冷え切っている。
エマと金吉は焚き火に手をかざし体を温める。そして二人は言葉を発する事なく、しばしの沈黙がおとずれた。




