第8話 去るもの
2話同時更新です。
終わった。無念......刺すなら刺せ。沙世は観念した。
......
しかし何も起きない。
......
あれ? 動きが止まった?
......
すると、意外にも沙世の頭を押し付けている男の怪力が、一瞬ではあるが弱まった。チャンスだ!
沙世は、男の手を振りほどくと、振り向き様に未だ右手に持ち続けていたナイフを、男の胸に一気につき刺した。手応えは十分だ。ナイフは確実に男の急所をついていた。
「うっ!」
男は小さなうめき声を上げると、そのまま仰向けに倒れ込む。沙世はそのまま男にまたがると、ダメ押しにもう一度その広くて固い胸にナイフをつき刺した。
二発目も手応えは十分......やがて、男の動きは止まった。
沙世は息絶え絶えな男の襟首を掴んで大声で怒鳴り散らす。
「他の二人を殺したのもお前達なんだろ? 誰に頼まれたんだ!」
「さ、さ......よ......さん......」
なんと男は沙世の名を呼んだ。嗚咽するような声だ。
「沙世さん?......何で私の名を」
沙世は思わず男の襟首を握る力を弱めた。
「ご、ごめん......襲ったり......して」
男は唇をワナワナと震わせている。
「まさか! その声は......」
沙世は男の被るマスクを首元から一気にたくし上げた。そこに現れた顔は、沙世の良く知る顔だった。
「ご、権太! なっ、何で、何でお前が?」
沙世が呼んだ権太という男......それは常に行動を共にして来た極神島の消防団員だった。
消防団員......それは表向きであり、実際は極神教の裏工作部隊である事は今更説明するまでも無い。極神教の利益の為であれば合法、非合法に関わらず何でも行う。恐喝、誘拐、殺人、無差別テロ......挙げれば切りが無い。
いつぞや沙世ら消防団員が、エマの働く料亭潮風にランチを取りにやって来た事があったが、その時も権太は一緒だった。
「極神教の......命令で、さっ、沙世さん達を......殺しにやってきました。自分は......極神教の戦士です。例え相手が沙世さんでも、命令には従わなければなりません。でも......でも、やっぱ......沙世さんの顔見たら、出来ませんでした。自分は意気地なしですね」
沙世は自らの服を破り、権太の胸に当て、強く抑えた。もう何をしても手遅れ......それはナイフをつき刺した沙世が一番よく分かっている。胸に当てた布は、見る見るうちに朱に染まっていった。
「もうしゃべらなくていい。死ぬな権太!」
沙世の目からは大粒の涙が溢れ、権太の顔にポタポタと流れ落ちた。
「沙世さん。俺......神の僕になって、あの世で幸せに......暮らせるんですよね?」
「ああ、勿論だ権太。向こうの世界に行って幸せになれ」
沙世は精一杯の作り笑顔で答える。




