森のパン屋さん
どうぶつたちの住む森にパン屋さんがありました。
「ウゥゥー」
「グオォォォー」
そのパン屋からは時々、おそろしいうなり声がします。そのうなり声が聞こえると、店に入ろうとしていたどうぶつたちは、みんなくるりと向きをかえ、帰っていきます。うんわるく店の中にいたどうぶつたちは、ふるえ上がってパンも買わずに店の外へ飛び出します。そこは、くまのパン屋でした。森のみんなはくま屋と呼んでいます。
くま屋からうなり声が聞こえる日は、みんなしかたなく、くま屋の隣の店に行きます。その店のカウンターの上には、いつも店番のねずみが立っていました。そこは、ねずみのパン屋でした。森のみんなに、ねずみ屋と呼ばれています。
「はい、らっしゃい。食パン一きんですね。少々お待ち」
「おーい、食パン一きーん」
店番のねずみが店のおくに声をかけると、
「はーい、食パン一きん」「りょうかい、一きん」「ちゅうもん、一きん」「売れたよ、一きん」
ねずみたちはじゅんばんに、店のおくへ注文をつたえてゆきます。するとやがて、
「ほらきた、一きん」「食パン一きん」「おいしい一きん」「やきたて、一きん」「おまたせ、一きん」
自分たちの体より大きな食パンを、ねずみたちがきょうりょくして店のカウンターまで運びます。
「食パンお待たせしました。はい、ちょうどいただきます。まいどあり!」
ねずみ屋のねずみたちは、とってもはたらきものでした。
でも本当はね・・・。心やさしいねずみたちですから、ここだけの話にしておいてくださいね。ねずみ屋のパンはちっともおいしくなかったのです。だから森のみんなは、できればくま屋のパンを食べたいと思っていました。だって、くま屋はとびっきりおいしいパンをやくのです。食パン、あんぱん、クリームパン。くま屋のパンは天下いっぴん。森のみんなはそう言っていました。
さて、くま屋のくまは、なんでそんなにおろしいうなり声をあげるのでしょう。
「あー、あと少しだけバターが足りなかった!」
「ああー、ほんのちょっぴりこげすぎた!」
「ああー。あともうひとつまみ、しおがたりなかった!」
くま屋のうなり声は、自分の作りたいパンの味に少しだけ届かなくて、くやしがっている時のものでした。
でも、森のみんなはそんなふうには思ってはいませんでした。だって、森でいちばん身体の大きいくまの事です。おこったら何をするか分かりません。パンを買いに行きながらも、みんな心のおくではそう思っていたのです。
くま屋は、パンをやくことが大すきでした。おきている時はいつもどうやったらもっとおいしいパンがやけるか考えていました。ねている時も、ゆめの中であたらしいパンのつくりかたを考えていました。だからくまは、森のみんながじぶんのうなり声をこわがっているだなんて、ちっとも気づいていませんでした。そんなこと気にした事すらありません。くまはただ、パンをやくのにいっしょうけんめいなだけだったのです。
ある日の朝。いつものうなり声の何十倍も大きな、かなしいさけび声が森にひびきました。くま屋です。どうしたんだ!ねずみ屋のねずみたちは、朝のじゅんびの手を止め、耳をピンと立てると顔を見合わせました。
「いったいぜんたい、どうしたんだ」
「今まで聞いたことのない声だぞ」
「何が起きたんだ」
「何かが起きたんだ」
「大丈夫かな」
「いや、あまり大丈夫じゃないんじゃないか」
「様子を見に行った方がいいかな」
「何かこまっているのかもしれないよ」
ねずみたちがまどやかべや、ゆかのすきまからくま屋の中をのぞくと、くまがやきがまの前にすわりこんでおいおいと泣いていました。どうしたんだろう。ねずみたちは顔を見合わせました。すると、よく店番をしている元気のよいねずみが、ゆかのすき間から飛び出すと、くまの前に立って聞きました。
「くま屋さん、どうしたのですか。なんでそんなに泣いているのですか」
「ああ、ねずみ屋さん。いつもどおりパンをやこうとしたら、かまどに火がつかなくて。パンがやけなくなってしまいました。ぼくのおじいさんのころから使っている大切なやきがまで、どうやって直したらよいか、ぼくには分からないんです」
すると他のねずみたちが、色んなすきまからたくさんとびだしてきました。
「どれどれ」
「われわれもパン屋のはしくれです」
「毎日かまを使っています」
「ひょっとしたら直せるかもしれません」
「ちょっとしつれい。かくにんさせて下さいね」
みんなで、よってたかってやきがまのあちらこちらを、あけたり、ひっぱたり、たたいたりしていましたが、やがてみんなで頭をつきあわせるとひそひそと話し合いがはじまりました。そして、やがて一匹が代表してくまに言いました。
「くま屋さん。大変申し上げにくいのですが、このかまはもうじゅみょうだ。いままでさんざんがんばってはたらいてくれたでしょう。でももう、こうなってしまうと直りません。新しいかまを作るほかないでしょう。お知り合いにやきがま作りが得意な方はいらっしゃいますか」
「いいえ、僕にそんな知り合いはいません」
くまはまた、ほろりと涙を流しました。
「そうですか。ぼくらねずみ屋のかまどは、ぼくたちの手作りです。みんなで作れば作れないことはないかもしれない。作って差し上げましょうか」
そうねずみが言うと、くまの顔がぱっと明るくなりました。
「本当かい?」
「ええ、ただ、われわれねずみ屋のかまより、くま屋さんのやきがまは少なくとも四、五倍は大きいから、、、、三か月はかかるかもしれません」
「なんだって。三か月!」
ふたたび大きな声が森にひびきました。そうしてくまはまた、おいおいと泣きはじめました。三か月もパンが焼けないなんて。パン屋になってから、くまがパンを焼かなかった日はありません。定休日は火曜日でしたが、その休みの日も、くまにとっては、新しいパンをためす事ができる楽しい日だったのです。
ふたたびくまが泣きはじめたのをみて、ねずみたちはまた、頭をよせてそうだんをはじめました。
「あんなに泣いていてかわいそうだね」
「でも、ぼくたちにもお店があるし、店に出ていない人たちだけでやるとなると、そんなに早くはできないよ」
「みんなでやれば一か月くらいで出来るんじゃないか」
「でもぼくたちまでお店を休むわけにはいかないよ」
「そうだよ。僕たちまでパンが焼けなくなったら、森のみんながパンを食べられなくなってしまうよ」
「確かにそうだけど、三か月もパンを焼けないとなると、あのようすじゃあくま屋さんは寝こんでしまうよ」
「それはちょっと気のどくだなあ」
「おとなりさんだしね」
「それもそうだねえ」
ねずみたちは、ずいぶんと長い間みんなでひそひそと相談をしていました。そして、くまのかまどをみんなで直してあげることに決めました。一か月でかまどが直ると聞いて、くまはたいそうよろこびました。でもそのあいだ、ねずみが自分たちの店を閉めてかまどを作ってくれると聞いて、くまは大きな身体を小さく小さくちぢめてお礼を言いました。
くま屋のパンやきがまがこわれたことは森じゅうのうわさになりました。
「ええ!それじゃあ、もうくま屋のパンは食べられないのかい」
「いやいや、なんでもねずみ屋さんがくま屋さんのやきがまを直してあげるそうだ」
「くま屋さんはおいおいと泣いていたそうだよ」
「泣いていたって、あの身体の大きいくま屋がかい?」
「ああ、あの恐ろしいうなり声をあげるくま屋さんがだよ」
「なんでまた」
「やきがまがこわれてもう二度とパンがやけないと思ったらしい」
「そんなにパンを焼く事が好きだったのかい」
「どうやらそうらしいよ。それでねずみ屋さんが可哀想に思ってかまを作りなおしてあげる事にしたそうだ」
「ねずみ屋もいきだねえ、良い話じゃないか」
「なんでもくま屋のかまをなおすあいだは、ねずみ屋も店をしめるそうだ」
「店をしめてまでして、くま屋のかまを直してあげるのかい」
「それはなかなかできない。いい話だな」
「こりゃあ、くま屋のかまが直ったら、ねずみ屋にもパンを買いに行かないとな」
「本当だな」
ねずみたちは来る日も来る日も、小さな小さなれんがをせっせせっせと積み上げて、ついに自分たちの身体の何十倍もある大きな大きな焼きがまを作りあげました。作り始めてちょうど一か月後の夜のことでした。
翌日、くまはたいそうよろこんで、お礼にねずみたちに沢山のパンを焼きました。すると、どうでしょう。いつも自分たちの店の、のこり物のパンしか食べていなかったねずみたちは(なにせ、ねずみ屋のパンは毎日たくさん売れのこりましたからね)、たいそうおどろきました。
「なんて美味しいんだろう」
「ほっぺがおちちゃいそうだ」
「ぼくたちが今までやいていたのは何だったんだ」
「これと比べたらぼくたちがやいたパンなんて、パンとは言えないな」
「これにはさか立ちしてもかなわないや」
「くま屋さんにパンの作りを教えてもらいたいわ」
「教えてもらっても、これにはかなわないよ」
「くま屋さんで働かせてもらったらどうだろう」
「そうだ、そうしよう」
ねずみたちはくまとそうだんして、しばらくのあいだ、くま屋で働かせてもらうことになりました。
さて、おどろいたのはくまもいっしょでした。こわれた古いやきがまは、使っていたれんがが大きく、すきまがあったのか、場所によってパンがやけたりやけなかったりしていたのです。それをあついなか、くまがいっしょうけんめいかまのなかのパンのばしょを入れかえ、入れかえしながら、むらなくパンがやけるようにしていたのです。
しかし、ねずみたちが作ってくれた新しいかまは、小さな小さなれんがを、ぴっちりとすきまなくつみ上げたものでした。そのため、かまのすみずみまでおんどが同じになり、どこにパンを入れても同じようにきれいにやきあがったのです。
しかも、ねずみたちの使うスプーンはくまのスプーンの何倍も小さなものでした。今までくまは、あとほんのちょっぴりしおを増やしたいと思っても、じぶんの大きな手や大きなスプーンではかっていましたので、なかなか思うように、少ない量をちょうせつする事ができませんでした。でもいまは、小さなねずみのスプーンで、ねずみたちが材料の量をこまかくちょうせいしてくれます。おかげでしおやバターやこむぎこを、いつも全くちょうどよいぐあいにすることができるようになりました。
それに、ねずみたちが店番もしてくれます。だから、くまは大好きなパンを心ゆくまでやくことができるようになりました。いままでは、いつもちょうどやきがまからパンを取り出したいと思っている時にかぎって、お客さんがお会計にくるのです。ついついそんな時、くまはぎろりとお客さんをにらんでしまいました。でも今はそんなしんぱいもありません。ねずみが店の番もしてくれるのです。
「はい、いらっしゃい!」
「クロワッサン焼き立てですよ~」
「しんさく、くまパンとねずみパン、おいしいですよ」
「はい、クリームパンと食パンですね!まいどあり!」お店には毎日ねずみたちの元気のよい声がひびきます。かいてんから、パンが売り切れる昼すぎにまで、お客さんがとぎれることはありません。それに、おしゃべりなねずみたちがお店に来るお客さんたちに、口ぐちにお店とくまの話しをしたため、森のみんなもくまはこわくないと、分かってきたようです。
「どうやら、くま屋のうなり声はパンが上手く焼けなかった時、思わずもれてしまう声だったらしいよ」
「しかも、ねずみたちが作ってあげたかまが、これがまたよくやけるらしい」
「ねずみたちがくま屋で働きだしただろう?ねずみの小さなスプーンで材料を測るとくま屋さんがちょうど欲しかった量を測る事ができるんだって」
「そうだったのかい」
「くま屋さんのパンがあまりにおいしかったんで、ねずみたちはくま屋で働くことにしたらしいよ」
「ふーん」
「ねずみたちも随分とパン作りの腕をあげたらしい」
「このまま、ずっとくま屋で働くつもりなんだろう」
「どうやらそうらしいよ。いっしょにパンをやいた方がおいしくやけるらしい」
「なるほどね」
「おそろしい声をだすからずいぶんとこわいくまだと思っていたけど、小さいねずみたちとも一緒に働けるなんて、身体は大きいが、わるいやつじゃあないようだな」
「そうさ。だって、ねずみたちがとても楽しそうに働いているじゃないか」
「なんてったってパン作りを教えてもらえるし、くま屋のパンの美味しさには逆立ちしたってかなわないって。喜んで一緒に働いているってさ」
「そうしたら、くまとねずみの森のパン屋だな」
「ずいぶんと楽しそうな名前のパン屋さんね」
こうしてくま屋とねずみ屋は一緒になって、「くまとねずみの森のパン屋」になりました。
日がのぼるとねずみたちはくま屋へやって来ます。そしてみんないっしょにじゅんびをはじめます。
「くまとねずみの森のパン屋」でいま一番人気のパンは、くまの顔の形をした、大きなくまパンと、ねずみの顔の形をした、小さなねずみパンです。そしてくまは今日も新しいパンを考えています。もうじきお店にならぶそうですよ。森のみんなが楽しみに待っています。
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