05 神前
「さ、こちらへ」
本殿最奥に座する女性――天照大御神の手招きに従い、少女は躊躇いなく草履を脱ぎ揃え、本殿へ上がる。俺も慌てて靴を脱いで、同じように本殿に上がった。
……これは。
光源はない。内部には燭台はおろか、神具の類も一切なく、畳の敷き詰められただだっ広い空間だ。全ての光は、静かに待つ女性の照らし出す光であり、それが全面の白木に反射して明るく彩っている。
圧倒される俺に構うことなく、少女は歩を進め、女性の前にふたつ用意されている座布団の一方に座る。
「あなたも」
ここまで来てまだ躊躇っている俺を、女性は柔らかい口調で座るよう促す。そうまでされてようやく決心のついた俺は、荷物を傍らに置きながら恐る恐るその座布団に正座する。そうしてから、できるだけさりげなく、不躾にならないように注意を払いながら、女性を見た。
糊のきいた、純白の浄衣。清らかな黒髪。鼻筋の通った目鼻立ちに、小さな仕草にまでもにじみ出る優美。華美な装飾は一切ない。ただ首から下げている鏡と、勾玉だけが装飾品だ。
ただ、ひたすらに圧倒的。
言葉にならない、反論の余地なく、絶対的な存在感――神気。
天照大御神。
受け入れるしかない。
眼前に座する者こそ、神道における最高神であるのだと。
「よく、来ましたね」
天照大御神が口を開いた。は、はい、と思わずさらに背筋を伸ばしてしまう俺に、天照大御神は微笑んだ。
「そう固くなることはありませんよ。楽にしてください」
「え、いや、そう言われましても」
「では失礼して」
間髪入れず隣から聞こえた返答に、え、と俺は横を見て、瞠目した。
こいつ、あろうことか最高神の前で、胡坐かきやがった。
「む、どうした。お前も楽にしないか」
「いやいやいやいや、お前お前お前お前! いくらなんでも楽にし過ぎだろ! 誰の前だと思ってるんだ!」
「はっはっは、ついさっきまで何にもわかってなかった奴に言われたくないなあ」
く、それはそうなんだが。ふふ、と笑う声がして、見ると天照大御神が笑っていた。
「あ、すみません」
「いえ、構いませんよ。――それで、もうわかっているとは思いますが、改めて」
口元を品よく隠していた袖を下し、言う。
「私は天照大御神。高天原担当の天津神です」
もの凄い自己紹介だ。しかし全く気負ったところがなく、ただ自然なままにありのままを言っているだけだから、俺も頷くしかない。
ははあ、と平伏する。
「単純だな」
やかましい。お前も少しは態度を改めろ。
にらみつけるが、少女はどこ吹く風だ。何様なんだこいつ。
というか、何様以前に、こいつはそもそも何者だ?
「私のことなんかより、ほら、お前も名乗らんか」
少女の促しに、あ、と俺は我に返った。そういえばそうだ。名乗られたら返すのが礼儀。俺は天照大御神に向き直った。
「俺は――」
俺の、名は。
「賽原・斎、といいます」