02 転、転、流転
境内にある限りの別宮や所管社にも参拝して、神苑をのんびりと散策し、気付けば三時間近くが経過していた。こうしてはいられない、予定していた電車に間に合わなくなってしまう。授与所で御朱印をいただき、ごく親しい友人に渡そうとお守りを授けてもらって、名残惜しく思いながらも心持ち早足で宇治橋へ向かう。途中、鳥居をくぐるたびに足を止め、振り返り、正宮の方角へ浅い一礼を忘れない。
軽く息を弾ませながら、とうとう宇治橋までたどり着く。まだ雨が乾ききっていないようで、斑に濡れている場所を残しつつも、眼下を流れる五十鈴川の照り返しを受けて綺麗だ。思わず写真を数枚撮り、時計を確認して慌てて踏み出す。
右側通行。ぞろぞろと歩く参拝客の間を縫いつつ、俺は進んで行く。百メートルを越える宇治橋を、もっと心にゆとりをもって歩きたいものだが、如何せん時間の制約と目障りな人ごみで落ち着いて歩いてもいられない。旅行前に新調したものの、二か月の強行軍や途上で遭った台風などのダメージでボロボロになったサンダルをパタパタと鳴らしながら、歩く。
ずっと見えていた大鳥居が近づいてくる。あそこを潜り抜けてしまえば、あとは帰るだけの旅路だ。達成感と、名残惜しさ。双方を抱きつつ、俺は足を速める。
……気を付けては、いたつもりだった。
時間が経って、ほとんど乾いていたとはいえ、橋の一部はまだ湿りを残していたのだ。それは渡る前から見て把握していた。けれど、目に見える旅の終わりを見上げながら歩いていたがために、もっと言えば気持ちが浮ついていたために、足元の注意を怠った。注意書きの立札だって、橋の手前にはちゃんと立てられていて、目にしてもいたのに。
大鳥居を見上げながら、脚を踏み出す。
ズコッ、と行った。勢いよく。
滑ったのは、踵だった。だから、全身が後ろに倒れる。悪いことに咄嗟に首から下げたままだった一眼レフを反射的に庇ったために、受け身のための手が出ない。
遠足はお家に帰るまでが遠足です、とはよく言ったもの。
そんな言葉が、一瞬だけ脳裏に走り。
ご、という鈍い音が遠く聞こえて。
暗転する。