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とほかみえみため  作者: FRIDAY
弐:椿大神社
15/17

15 到着と邂逅

 椿大神社。伊勢国一宮。式内社、つまり“延喜式神名帳”に名の列せられている名社だ。

 ……それにしても。

「遠かった……」

 外宮からの距離もそうだが、椿大神社、途中から登りになるんだよね。登山ってほどの傾斜じゃ全然ないけれど、到着までゆるやかに延々と登りだから、これがかなり膝に来る。人世で訪れた時は、広大な茶畑の中の道をコミュニティバスで、鳥居前まで来たんだったかな。同じ茶畑の道を、今度は歩いて来ようとは。

「戸隠とか、他の地域でのコミュニティバスっていうとワゴン車みたいなのが多かったからそのつもりでいたら、普通に路線バスの車両が来てなあ」

「しかし料金はほぼ全区間にわたって均一とか、そんなのなんだろ」

 そうなんだけど、何で知ってるんだよ。

 鳥居をくぐる前に足を止め、軽く一礼。冷たい湧き水を湛える手水舎で手と口を清める。

 禊を済ませれば、参道の片側を歩き出し、本殿を目指す。引き続き、登りだ。

「あ、獅子堂もあるんだ」

 その脇を抜ける。樹木は茂っているが、ほぼ直進だ。ほどなくして、終点に拝殿が見えてくる。

「…………」

 何だか、緊張してきた。内宮、外宮のときは結構不意打ち要素があったように思うが、今回からはいよいよ神様がおわしますことを意識した上での参拝だ。当たり前だが、俺とハルカの他に人の気配はなく、木漏れ日の中、玉砂利を踏みしめながら進む二人分の足跡だけが響く。思うところあるのか、ハルカも軽口を叩いたりはせず、静かだ。

 四の鳥居を抜ければ、いよいよ拝殿だ。見たところ、人世で見た拝殿、本殿と大きな変わりはないようだが。本殿最奥に鏡がある以外は、磨き抜かれた板張りが木漏れ日を淡く反射しているだけだ。神様は勿論、巫女さんの姿も見えない。一柱に一人の巫女、という話だったから、ここにもひとりいるんだと思うけれど。

 拝殿前にふたりで並んで立つ。神社に来て、最初にすることは決まっている。


 二礼。

 二拍手。

 一礼。


 凛、と鈴の音が聴こえた気がした。


 しかし何も起きない。顔を上げていいものかどうか迷ったまま、俺は足元を見つめていた。

 静寂。

「――おい」

 ふと小声で、ハルカが俺を肘で小突く。何だ、と見れば、ハルカが視線で前を見るよう促した。

 何だ?

「――――っ!?」

 何の気なしに視線を上げて、驚きに声を上げかけた。寸でのところでとどまったが、肩が跳ねてしまったことは容赦してほしい。

 そこに、神様がいた。

 本殿のよく磨かれた板張り、その中央で、胡坐をかいてこちらを眺めていた。線の細く、しかし長いシルエットの男性。だが驚いたのは、その体格や、全く無言でこちらを観察していたということもそうだが、それよりも、顔。

 面。

 高く伸びた赤鼻。鼻だけでなく、顔全体が真っ赤だ。目を大きく見開き、額の皺は深く刻まれ、口許も大きな弓を描いている。笑っているようにも、酷く驚いているようにもとれる。

 猿面だ。

 天孫降臨の際に天津神一行が怖気づいた容姿。まさか当時からお面装備だったということはないだろうが、その異様には迫力があった。

 と、その男性――猿田毘古神が動きを見せた。

 シュッと切れよく、片手を上げる。形は手刀のそれ。

「よっ、みたいな……」

 横のハルカがぼそっと呟く。確かに、そう見えるけれども。

「――ようこそ、お参りくださいました」

 不意に、澄んだ声が聞こえた。目の前の神様からではない。背後から、少女の声だ。ハルカとともに振り返る。

「まずは長旅、お疲れ様です。猿田毘古神の命により、足を休められる場所へご案内します」

 流暢に、巫女さんが言った。命によってですか、と猿田毘古神を見やる。

 うむ、と猿田毘古神は無言で頷いた。

「…………」

 さいですか。

「では、こちらへどうぞ」

 無言を貫く祭神に代わってというわけでもないのだろうと思うが、巫女さんがにこやかにそう言った。


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