第19話 ヒロインの誰のルートにも入れなかったからゲームが途中で終わっちゃったんだ
「あれ? ところでここ、どこ……?」
ベッドの上で目を覚ましたカンナは、周囲をキョロキョロと見回した。
「学校の保健室だよ。俺たちふたりしかいないから、安心して普通にしゃべりな」
「ん……分かった。……あたし、どうも半分寝とったごたる」
「半分どころか10割寝てたぞ」
「あ、そうか、あたし、教室でずっと寝よって……。……あふ、まだ眠かぁ」
「もうちょっと寝てたらどうだ。ここのほうが教室よりは居心地いいし」
俺がそう言ったのは、カンナのためというより、さっきの石川の発言がおおいに影響している。
いまになって、石川の告白がどうやら夢でも冗談でもないことに気が付いてきた。
どういうつもりだ。あの三次元ギャル。
正直――
リアルの女になんかこれっぱかしも興味ねえ。
カンナでさえ付き合おうとは思わないのに、ああいうリア充というかギャルというかヤンキーというかカースト上位というか貴族階級というか青春待ったなし人間というか「高校生活満喫してまーすウェーイ! メガネくん元気ー? おっほ、メガネくんどうしたの、ノリ悪いよー??www」みたいな連中というか控えめに言ってジェノサイドしたい階級の人間となんか友達付き合いさえしたくねえぞファック!
「って言っても、教室にもどりゃ、嫌でもあいつと顔合わすんよなあ……」
学校生活の面倒なところだ。
カースト上位のあいさつとか友好的態度を無視したら、教室内の居心地がめちゃくちゃ悪くなる。
最悪イジメの対象になる。
だからそこはうまく、こう、ソツなくこなさなきゃいかんのだ。
カンナだってそうしてるじゃないか。ソツがないかどうかはともかく。
「どうしたん、山田くん。なんかあったん? あいつって誰?」
「いや……なんでもねえよ。もうちょいふたりで過ごそうぜ、ここで」
相対的にだが、カンナとふたりでいるのがすっげえ平和で幸せなものに感じられた。
「ふたりで。ふふ、そうやね」
カンナはまだどこか眠そうに、しかしニコッと笑って、
「山田くん、ずっとあたしについとってくれたっちゃね」
「……あ、いや。……うん、まあ……」
「ありがと」
ささやくように、お礼を言われた。
「優しい山田くん。やっぱ、大好き」
「そうか。そりゃ……ありがとな」
「うん。えへへ」
カンナはにっこりと笑う。
その顔が、またなんだか可愛くて――
しかしなぜか石川の笑顔まで脳裏にチラついたりもした。
くそっ、最近俺はどうかしてるぜ。
脳が三次元に侵食されつつある気がする。
もっとオタ時代の俺に戻れ! ヒカリのことを思い出せ――
と、そうだ。
ヒカリといえば。
「そういやカンナ、『スクメモ』どうだった? そんなに眠いのは、ゆうべゲームで徹夜したからなんだろ?」
「あ! そう! そうやった!」
カンナはがばっと跳ね起きた。
カッターシャツだけの上半身が、昨日の汗透け事件を思い出させて、俺は思わず目をそらした。
いや、今日は汗をかいてないから、その、かつて見えたものは見えないんだが。
「『スクメモ』、夢中になってやったとばい! やりはじめたら、話の続きがもう気になって気になって!」
「おお、そうか。ハマってくれたか、そりゃよかった!」
それについては本音だった。
オタクとしては、布教したゲームに熱中してもらえるほど幸せなことはないのだ。
「で、どこまでプレイしたんだ? ヒカリはクリアしたか?」
「それなんやけど」
カンナは、ちょっと柳眉を険しくさせて、
「いつも同じところで、急に話が終わってしまうとよ。ストーリーがこれからってときに、ひま姉は外国に留学するし、春日部さんは休学するし、肝心のヒカリはどう頑張っても入院するし、他の女の子たちもぜんぜん出てこんくなって、最後は主人公がひとりで学校を卒業して『BAD END』って」
「あー、しくじってんなあ。ヒロインの誰のルートにも入れなかったからゲームが途中で終わっちゃったんだ。ゲームオーバーってやつだ」
「やっぱり、そういうことなん? あれ、やっぱりハッピーエンドやないよね? うわー、悔しか! 何度やってもあたし、そういう終わり方になるから!」
うーん、ゲーム初心者のカンナには、単独でゲームクリアは難しかったか。
おまけにカンナはパソコンもスマホも使えないから、攻略サイトとかを参考にすることもできない。
「山田くん、あたし、どげんしたらよかと?」
「そうだなあ、俺が教えてもいいけれど、ずっとカンナといっしょにいるわけにもいかないし」
「あたしはずっといっしょでもよかとよ? えへへ、今日にもうちに遊びに来る? ……心の準備はできとうよ?」
「だ、だから変なこと言うなって。……そうだな、ネットが使えないなら……攻略本でも買うか」
「攻略本? ゲームを攻略できる本のこと?」
「そうだ。みんなネットをやるようになってから、攻略本を買うやつは少なくなったが、俺はけっこう買うね。ゲームのデータを眺めているだけでも楽しいし、それにスクメモの攻略本にはお義父さんへのインタビュー記事も載っていたりするし」
「お義父さん? どういうこと?」
「ゲームの製作者ってことだよ、言わせんな恥ずかしい!」
俺の嫁であるヒカリを生み出したひとなんだ。
だからヒカリの父であり、俺にとっては義父である。
オーケー? ドゥー・ユー・アンダスタン?
「よ、よう分からんけど、その本を買うたら、スクメモの話が進められるんよね? どこで買うたらいいと? 駅前の本屋?」
「いや、スクメモはちょっと前のゲームだから、あそこにはもう攻略本ないだろうな。確実に手に入るとしたら、秋葉原だ」
「秋葉原の本屋さん……に、あると?」
「俺が知っている、マニアックな品揃えの本屋に行けばな。明日はちょうど土曜日だし、案内しようか?」
「えっ、本当!? やった! これでゲームが進められるばい! あははーっ! やったぁやったぁ! 山田くん、大好きばい!!」
「お、おい、手を握るな、手を……! いちおうここ、学内だぞ!」
こういう展開になると、さっきのカンナもそうだが、石川のことも思い出しちまうだろうが。
「あ、安心したらまた眠くなってきたばい。……山田くん、あたし寝ていい?」
「いいけど……しかし、いいご身分だな、おい」
「えへへ、あたしもそう思う。山田くんに見守られながら寝られるんやから」
「だから変なこと言うなって――」
そう言ったとき、彼女はすでに眠っていた。
くうくう、と、俺の手を握ったまま、寝息を立てている。
ったく。ゲームにハマるのは嬉しいが、プレイ初日から徹夜するなよな。
「……カンナって、握力けっこう強いよな」
カンナは眠っているくせに、俺の手をまったく離さなかった。さっきと同じだ。
てか――いっしょにアキバ行く約束しちまったな。……女連れて秋葉原かよ。やべえな。中学時代のオタ友とか甲賀に出くわしたら、いよいよえらいことになりそうだ。やっぱり俺は近ごろ、三次元に毒されている気がするぜ。




