いや、俺、攻略対象じゃないんで。
目の前で一人の男、この国の王太子殿下らしい金髪美青年を取り合うような形でいがみ合う二人の少女。
殿下の腕に自分の腕を絡めて、必要以上に体を寄せているのは男爵家の御息女、名前なんだけ…えーっと、あ、そうだ、アマリアだ。
そのアマリア嬢の対面に立つ…、王太子殿下とも対立するように立っているもう一人の少女が俺の仕えるお嬢様。
侯爵令嬢のルクレティア様だ。
銀髪に透けるような白い肌をしたガラス細工のようなお嬢様。それが俺のご主人様。
容姿は儚い系美少女、でも、その左目の下にある泣き黒子が妖艶さを醸し出している。儚さと色っぽさが共存するまさに神秘の存在。
前世だったらマジでタイプだったんだよなあ…あの子。
あ、言っていなかったけど俺、転生者。
いつ、どこで、どんな死にかたしたのか、全く覚えていないけど、俺は死んで前世の妹が嵌っていた乙女ゲームの世界とやらに転生したらしい。
でも、俺、攻略対象でも何でもない。
そう、モブである。
モブもモブ。画面の端っこの方に控えているだけの顔も名前もない飾りのようなポジション。
そんな存在に転生した俺。
侯爵家の使用人の家に生まれ、魔力があるらしいのでお嬢様のお零れで一緒に魔法学校に通うことが許されただけの存在。
勉強とお嬢様の学校での生活のサポートをするのが俺の今の役目である。
であるのだが、いつの間にかお嬢様がその、なんだけ、主人公の…えーっと、アマリア嬢に断罪されるイベントが発生しているではないか。
俺は生まれてすぐにここが妹がド嵌りしていた乙ゲーであることを悟り、俺の雇用主であるお嬢様が処刑だの追放だのにならないように全力で、恋愛フラグとイベントフラグの回収をしてきたのに!(主に俺が解雇されたくないので)
なのに、何故、いつの間にか彼女を断罪するイベントが発生しているんだ!
確かに彼女は殿下の婚約者だ。
それは仕方ないのだ。
殿下と年の近い令嬢で、殿下と釣り合う家柄の令嬢は彼女だけだったのだ。だから彼女が殿下の婚約者になるのは致し方のないことだし、彼女自身も家のためを思い今まで努力をしてきたのだ。
それをいつも一番近くで見てきたのは、殿下じゃなくて、俺!使用人で傍付のモブ!
彼女の努力を、幼い頃から遊ぶこともせずに、一生懸命殿下にふさわしい令嬢になれるように努力してきた彼女を、ぽっと出の下級令嬢がぶち壊しにしやがって。
断罪イベント真っ最中にほくそ笑んでいる下級令嬢風情に、ふつふつと怒りが沸き上がる。
俺が何もできず、怒りを覚えながら見守る中、お嬢様は殿下と決別した。
涙を見せずに、まっすぐ歩いて色呆け殿下とその腕にくっついた小娘の元から立ち去るのに、俺は影のように着いていく。
小娘の戯言を信じ切った色呆け殿下やその周りの節穴アイの側近を見て思う、この国はもう終わりじゃないだろうか。
人気のなくなったところまで黙って歩いてきたお嬢様が立ち止まり、俺の名前を呼ぶ。
「申し訳ありませんでした…」
お嬢様に声をかけられ、俺は頭を深く下げる。
俺は傍付き失格だ。
一番近くにいながら彼女の無実を声に出せなかった。
殿下に口答えするのは、侯爵家の使用人であっても、所詮は平民の俺がすることは絶対に赦されない。それでも俺は彼女の無実をこの身を投げ捨ててでも訴えなければならなかったのに。
それをせず、ただ茫然と傍観していた俺は侯爵家の使用人失格だ。
彼女に死ねと言われるのなら喜んでこの命を捨てよう。
俺は、この儚くも凛とした芯の強いお嬢様に好意を寄せているのだ。
使用人風情が主であるお嬢様に抱いてはいけない思いであることは重々承知している。
今生の妹の愛読書のような主従を越えた恋愛など実際には出来ないんだ。
だから、俺はこの想いと共に死のう。
そう思い、さらに深く頭を下げた。
「…咎めているわけではないの。むしろ良く飛び出してこなかったわね。私、貴方がいつ飛んで来て私と殿下の間に立つのか、ちょっとハラハラしてたの」
「…」
「そんなことしたら貴方殺されちゃうから。絶対に来ないでって思ったの。よかったわ…」
そう言って小さく口元を緩めるお嬢様。
どこまでも優しいお嬢様。
俺のような使用人のことまで考えているお嬢様が、嫌がらせなどするはずがないのだ。
そんなこともわからなくなった殿下をはじめとした周囲の人間に殺意を覚える。
「お父様にはね、こんなことになるかもしれないということは前もって伝えてあるの」
「え…?」
「そしたらね、その時はしょうがないって。もしも殿下との婚約が破棄されたら私の自由にしていいとおっしゃってくださったの」
ポカンとしたままお嬢様を見る俺に、お嬢様は今まで誰も見たこともないほど晴れやかに、そして愛らしく美しい笑顔を向けた。
「私、殿下以外に好いた殿方がいるんです。ですから、これからその方に振り向いてもらえるように努力していきたいと思いますが、よろしいですか?」
「へ?あ、はい。お嬢様と旦那様が決めたことならいいのではございませんか…?」
反射的にそう言って、俺は頭の中でシナリオのエンディングを思い返す。
彼女は殿下との婚約が破棄されると、父親である侯爵に侯爵家を追放、または、嫌がらせをしたからと処刑されてしまうのではなかっただろうか。
それが、え?旦那様、いいって言っちゃったんですか。
婚約破棄されたら自由にしていいって。
自分が知っているシナリオとは違う終わり方を迎えようとしているのを感じながら、俺は取り敢えず、彼女が無事で、今までよりものびのびと笑う姿にほっとしたのだ。
したのだが、え?
なんで、お嬢様今まで以上にスキンシップを求めてくるんですか?そんなこと今までしてほしいなんて言わなかったじゃないですか。
ちょ、なんでお屋敷の人たちノリノリで俺とお嬢様くっつけようとしてくるんですか。
いや、お嬢様が嫌いとか、スキンシップが嫌なわけないじゃないですか。
むしろご褒美ですよ。言わないけど。
いや、だからって、俺、攻略対象じゃないんだから、俺との恋愛ルートなんて存在しませんよ!?
なんかウケる。
その後が気になる。
…etc
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