逝く年、狂う年。
あらかた片付いただろうか。
年末恒例の行事 ── 大掃除。
思えば忙しない一年だった。
部屋の隅々にわたり、だらしなさが顕になる。
「ふぅ、これで……。 なんとかなったかな?」
客を呼べるぐらいにはなったと思う。
今まで構ってあげられなかった室内は、今や窓の外からの陽射しでさえ完全に反射するほど。
床のフローリングは完璧なぐらいにピカピカに光輝いていたのである。
さて ── これ以上はないほど大掃除に全力を費やしたならば大量の汗を掻くのは必然。
いざ ── 新年を迎えるにあたり身を清めなければならない。
勿論、準備は万端。
浴室は既に湯気で満たされていた。
厳選された入浴剤の薫りが鼻腔を擽り、すかさず飲みたくなってしまう衝動をぐっと堪えるに至る。
「ふぃぃぃぃぃ……」
かぽーーーん。
体積に伴い、ざば~っと溢れる。
失った分など足し湯をしてしまえばどうということはなかった。
付属の機器の蓋を開き、見当るスイッチをpush。
「 “足し湯“をします 」
如何にもな機械音が浴室で鳴り響く。
ただ……両手でお湯を掬い顔面を温もりで満たそうとしたその時。
不快な感触を覚えざるを得なかった。
それはまるで常日頃から忌み嫌っている存在の再確認。
「うわあああああっ!?」
躍動感は既に無い。
生命力すら感じられなかった。
なのに、次から次へと全身を舐め尽くすかのようにして漆黒の鎧が湯槽を埋めてゆく。
台所での天敵。
または寝室においての黒い悪魔。
大量のGが浴槽を蹂躙していったのだ。
まさしく地獄絵図。
咄嗟に浴槽から勢いよく離れ、全身を泡で充たそうとする。
時折引っ掛かる気色の悪い感触。
それは羽根の一部であったり、ギザギザが目立つ突起物。
自分自身、両足両腕はあるが……当然、虫にだってあるのだ。
「くっそ……! 何なんだよ、いったい……」
ようやく恐怖を拭い去り、風呂をあとにした私は失われた水分を補給すべくアルコール瓶を手にしていた。
あとは全てを見なかったことにして、就寝する為に。
ブウウウウウン。
妙に耳障りな音。
吐息が真っ白に染まるこの時期には不似合いである。
蚊を彷彿させていた。
ブウウウウウン。
綿棒で丁寧に汁気を取り除き、耳の奥底までサッパリとしたというのに、気色の悪い歪な不協和音が離れない。
もう、いっそのこと寝てしまえ。
頭部まで羽毛布団を被り、まるで猫のように丸く収まったのだが……まだその音は鳴り止まない。
ブウウウウウウウウン。
目を覚ましてなるものか。
気合いをいれて床に就こうとしたが、好奇心が勝ってしまう。
半開き程度に開いた眼の先には……まったく見たことの無い、出会ったことのない未知の存在が寄り添い、ずうっと耳許で呟いていたのであった。
「ブウウウウウン、ブウウウウウン」
その先は覚えていない。
あまりの恐怖に意識が途絶えてしまったのだから。
明朝、小鳥の囀りとあまりにも目映い明るさに眼が覚めたのだが……。
果たして、アレは夢だったのだろうか?
憶測を導く気にもならない。
出し抜けにテレビのコントローラーを手にして、switch on。
朝だというのに真っ暗な画面がただひたすらに映し出されてゆく。
まさか…………
ぶうううううん。
独り暮らしのアパートで、また独り。
姿を消した。
それは、新年を迎えようとしていたとある青年が奈落の住人として生まれ変わった瞬間である。