表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/8

赤い鬼 青い鬼

 ボスン、と間抜けな音を最後に、車が止まった。


 僕は一瞬、なにが起こったのかわからなくて、何度もアクセルを踏む。だが、足元から聞こえるのはキュルキュルキュルとタイヤが空回りする音だった。


「……嘘だろ」


 窓の外は真っ白だ。

 エンジンを切り、軽快な音楽も止まってしまった今、聞こえるのは身も凍えるような吹雪の音だった。

 とりあえず、今の状況を確認しなくてはならない。

 ゆっくりとドアを開けるが、少し開いたところで風にあおられ、指から簡単に外れると一気に開いた。キィッと甲高い音がして、限界まで開いたドアがようやく止まる。


「あっぶね!」


 これが都会だったら、通行人や後続車とトラブルになっているところだ。幸いにも、周囲には後続車どころか、通行人もいない。

 冷たい空気が一気に車内に入り込んで、ぶるりと震えた。

 ダウンジャケットのフードを被り、身を縮こまらせながら外に出るが、隙間から吹き込む風で既に耳は千切れそうに痛い。


「うわぁぁぁ……。最悪じゃん……」


 愛車の黒い車体は、前が完全に雪に埋もれている。道路脇に積もった吹き溜まりにそのまま突っ込み、停止したのだ。

 車内に戻り、再びエンジンをかける。ギアをバックに入れて思い切りアクセルを踏むが、やはりタイヤはキュルキュルと空回りするだけだった。


『百メートル先、右折です』


「わかってる。わかってるよ。でもさ、この状況でどうしろって言うんだ!」


 親切に案内してくれるカーナビを怒鳴っても仕方がないのだが、気持ちは焦るばかりだ。

 何度かバックを試みるも、結果は同じ。


「百メートル先、右折か……。そこに行けば、とりあえず民家はあるはずだ。大体、まだ十一月だっていうのに、なんなんだよこの天気は!」


 出発前、『冬並みの寒波が日本列島を覆うでしょう』なんてことを笑顔で言うお天気キャスターの言葉を信じ、タイヤは交換した。だけど、まさかここまで荒れるとは思わなかった。

 百メートル先――目を凝らすが、見えるのは横殴りの雪。もはや道路と空の区別もつかない。だが、それは前方だけではない。僕は、四方を白い闇に囲まれていた。

 こんなにも勇気が要る一歩が、今まであっただろうか。だが、このままここに留まっていても、誰かが見つけてくれるという希望は薄い。なにしろ、車が止まってから今まで、誰ひとり車一台、通らないのだ。


「だ、大丈夫だ。車が向いていた方向が前に違いないんだから」


 そう自分に言い聞かせて、ゆっくりと歩を進める。だいぶ積雪もあり、足はふくらはぎまで雪に埋もれた。


「なんなんだよ。……なんでこんなところに来ちゃったんだろう」


 嘆いても、後の祭りだ。今はとにかく、民家を目指すしかない。

 なんとか気持ちを奮い立たせて歩き続ける。

 もうすぐ百メートルだろうか……そう思って踏み出した一歩が、ズブズブと雪の中に入り込んでいく。あ、と思った時には既に遅く、僕の身体は雪の坂を転げ落ちていた。


 どれ位落ちたのか分からない。

 仰向けに倒れ、空を見上げる恰好なのに、相変わらず視界は真っ白だった。


(荷物……どこいったんだろう)


 左腕を動かそうとして、激痛が走る。

 なんとか動く右手で荷物を引き寄せ、スマホを探る。すると、小さな冷たいモノが指に触れた。


 チリン――――


 真っ白な世界に、鈴の音が響いた。


「なんだ? 今の……。くそっ、スマホどこだよ……」


 左腕の激痛と寒さに、意識が朦朧とする。

 こんなところで死ぬのは嫌だ。助けを呼ばなくては……! 気持ちばかりが焦り、荷物をぶちまけた。だが、スマホは見当たらない。


「――くそっ……」


 ゴロリと仰向けになり、目を閉じる。顔の上にどんどん雪が降る。


「勘弁してくれ。このまま冷凍されんのかよ……。誰か、助けてくれ」

「なんだ。お前、人間か」


 くぐもった声に気づき、ハッと目を開けると、目の前に大きな目がぎょろりと四つ、僕を見下ろしていた。


「な、……え!?」


 僕を見下ろしていたのは、赤鬼と青鬼だった。


「ゆ、夢か? 僕はもう死んだのか?」

「お前、人間か」


 鬼は再び僕に問う。

 カクカクと小刻みに頷くが、もはや寒さで震えているのか、恐怖で震えているのかわからない。


「向こうにあった車、お前のか」

「そうだ。あ……あの車をやるから、頼むから僕を助けてくれ……!」


 果たして鬼に車なんて必要なのかはわからないけれど、僕はとにかく必死だったのだ。


 寒い。


 怖い。


 痛い。


「死にたくない……!」


 どんどんぼやけていく視界の中で、赤鬼と青鬼は顔を見合わせた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ