虚偽王1
【悪魔の嘲笑】として名を馳せた栄水の活躍から五ヶ月後。
「一度限りのはずが舞い戻ってきたでおじゃる」
「何を言っているだ?」
「いやね、嘆き悲しんでいたのよ」
うん、マジで泣きたい。五ヶ月前の戦争、どうにか勝利を収めたのだが、それは罠だった。
戦争の勝利と俺の活躍が、見事なまでに着色されて綺麗な物語として王国に献上されたのだ。
よって今俺はアスタンの英雄として祭り上げられ、完全に逃げ場を失った状態である。
「毎日毎日、羊皮紙とにらめっこしてたよなぁ」
「嘘をつくな。いつも寝ていただろう」
はい、冗談です。寝てました。そりゃあもう仕事全てを部下に押し付けて寝てました。
「それより気を引き締めたらどうだ?。新たな戦場だぞ」
「ウレシクナイヨー」
そうは言っても着々と戦争の臭いが漂って来ているのだ。相手は帝国。恐らくあの時の報復だろう。
しかし、今回は前回の戦争と違い、物資や兵士の量も倍近くになっている。なぜかと言われれば簡単な話。王国がようやく崩れた体制を立て直してきたのだ。その中で数少ない兵士をコチラに回してもらったのだ。
「まぁ、それでも前回のようにはいかないけどね」
十中八九前回の戦争で俺の存在は帝国にバレている。
いや、【悪魔の嘲笑】の名は帝国とは言わず世界に轟いているが、それが俺であることに気がついているやつが帝国いるのだ。
「……ジルドレ」
王国で共に学んだ友人の一人だ。
前回の戦争、帝国兵が見せた『ウヤヅナの壁』はまさにジルドレの考えた陣形だ。
ジルドレは俺のような奇襲や相手の思考の隙を突くような戦いはしない。彼がやるのは集団を効率よく動かし、そこに種や仕掛けを用意して多対多の戦場で勝つ事だ。
「まぁ、常識的に考えて、ポーンもビショップもクイーンも殺さず盤面外からキングを取りに行く方がおかしいんだがな」
俺は目の前の資料に目を向ける。
「さーて、何人死ぬかなぁ」
不謹慎な事を呟く栄水にリシアは鋭い視線を向けるが完全に無視して資料をペラペラとめくる。帝国の戦力に関しては恐らくこれ程の戦力を有している事だろう。まぁ、もっとかき集める事もできそうだが。
果たしてどれくらいの兵でくるか。
「それで、今回の戦争は?」
「王国からの依頼でな。帝国に囚われている人がいる。
名前は気水、紀伊長家から派生した者達の中の貴族の令嬢だ。昔は紀伊長の姓を名乗っていたらしいが今は竹田と姓を変えている。竹田侯爵は紀伊長家、王族とも懇意にしていてな。今回はその奪還が依頼された」
「はぁ?!?!奪還?!!
タダでさえ王国は劣勢なんだぞ?!その中で帝国領に入って貴族の娘拾ってこいだと?!
マジで何考えてんだよ」
もう呆れるしかない。王国、このまま滅べばいいんじゃないかな。
「要するにだ。これから進軍してくる帝国の報復戦争に勝利し、それと同時に帝国内に囚われている気水嬢を奪還しろと?」
「そういう事だ」
「うん、じゃあ俺は部屋に帰って寝てるから終わったら起こしてくれ」
そそくさと部屋を出ていこうとする俺の肩をリシアが掴む。
「お願いだ。頼む」
そんな捨てられた子犬のような目で見られてもなぁ。勝てないものは勝てないし、奪還も成功する確率は限りなく低い。
だいたいジルドレは前回の戦争を鑑みて魔物と奇襲を警戒してくるはずだ。さらに言えば包囲網戦術と殲滅作戦を同時に行う戦法に切り替えてくるはずである。
そうなればマジで勝ち目なんか無い。
「はぁ、どうするかね」
うずくまって半泣き状態になっているリシアの頬をグニグニと伸び縮みさせながら遊ぶ。
君そんな性格だっけ?最初にあった時は鞘のない剣みたいな人だったのに。
まぁ、部下にはそのような態度で接しているから今の態度は友人に向けられているものなのだろう。
「ま、とりあえずは保留だね。色々な書物を読み漁って打開策を見つけるしかない」
結局やることと言えば情報収集程度だ。
「情報収集といえば酒場だよねー」
まぁ、酒が飲みたいだけだが。
俺はリシアに仕事を押し付けてプラプラと部屋を出て行く。
街道を歩きながらアスタンの街並みを観察してみるが殆どが兵士や商人達で民衆の姿はない。
「まぁ、最前線に住むやつなんていないよなぁ。
……ん?」
街道を歩いていると、路地裏の方で男達数人が話をしていた。
話が終わると近くの扉を開けて中に入っていく。
「……あぁ、賭博場か」
恐らく金でも渡していたんだろう。
俺がその扉に近づいていくと丁度同じタイミングで路地裏に男が入ってきた。
「おや、兄ちゃんもするのかい?」
「あぁ、久しぶりにね」
そう返すと男の目が細くなり、ニヤニヤとした笑みを浮かべる。
「そうかそうか、久しぶりか。良いだろう。俺が教えてやるよ。この賭博場での勝ち方をな」
「……そうか、それは有難い」
そう言って男と共に金を出して中に入る。
いいカモが釣れたな。