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堕落者の憂鬱軍師思考  作者: 淀水 敗生
悪魔の嘲笑篇
7/27

帝国の進軍


「勝ったな」


戦場から数百メートル離れた地点のテントの中で兵士歴10年将軍歴27年の天才、ガルファ・エーラメントは呟いた。


彼は多くの戦場を駆け、敵の兵士を切り伏せてきた。もちろん戦争に『絶対』などという言葉は無いし、この戦争で手を抜くつもりもない。


しかし現実、勝ち戦に近いことは事実である。アスタンは自国から見放された街だ。昨日の戦争で物資は尽き、兵士の量も魔力の量も底に尽きている。

その中で帝国の精鋭が集まっているこの軍団に勝てるはずがないのだ。


『ま、そうだけどさ。手は抜かないでくれよ?』


「当然だ」


魔道水晶から聞こえてくる男の声にガルファは答える。

この戦いの指揮している男、ジルドレだ。

彼は数ヶ月前に帝国の軍師となり、ありとあらゆる戦争で功績をあげる天才だ。彼の考える策はベテランのガルファも驚くほど自信に満ち溢れている。


彼の考える策は正に帝国が帝国である事を象徴するようなものだ。


「ジルドレ、この戦争は私達が貰ったも同然だ。

兵を割って、帝国に返す方が良かろう。もうすぐ聖国が動き出す。そちらに向かわせた方が良いと思うのだが…」


アスタン砦を舐めている訳ではない、彼の語ったことは事実である。ここからアスタン砦が勝つことなど決してない。


『うーん、僕もそう考えたんだけどねぇ。やっぱり残しておこうと思うんだ。

もしここで君達が撤退しなければならなくなった時にさ。兵士がいないと全滅する事になる』


「ジルドレ、貴様ならわかるだろう。

アスタンは敗北するのみだ」


『あぁ、分かっているよ。ガルファ将軍。

でもね?嫌な予感がするんだ。

この胸の奥に存在する小さな石ころがずっと気持ち悪くて仕方が無い』


本来そのような事を聞いた兵士達ならば、「臆したか」と失笑するだろうがガルファは違った。

ガルファも戦場で嫌な予感を感じる時がある。要するに第六感だ。

正直まだ20そこそこの若造が第六感を語るなど馬鹿馬鹿しい事だが、ガルファはジルドレを認めている。


「分かった。用心しよう。

しかし、聞かせて欲しい。貴様な胸にある石ころとはなんだ」


ジルドレはしばらく黙っていたが、ゆっくりと口を開いた。


『まだ僕がシーシスト学園に在学していた時、ある男に僕は一度だけ負けたことがある』


「なに?!それは真か!」


ジルドレの戦略を破れる人間など限りなく少ない。それがまだ学生時代であったとしてもだ。


「誰だ?!まさかその男が王国側にいると?」


『うーん、シーシスト学園自体王国にあるからねぇ。いるとは思うけど戦争に参加するような愛国心のある人間じゃあ無いかな。

まぁ、でももし彼がこの戦争に参加していたとしてもこの現状を変えられるはずがないのは事実。

でも、安心はできない』


「分かった。元から手を緩めるつもりは無いが、100を持って必ず仕留める」


『あぁ、それじゃあ頼むよ』


そう言って魔道水晶の通信が切れる。

ガルファは部下に指示を飛ばしながら、テントから外へと出る。


それはゆっくりと明るさを取り戻していく。


「夜明けだ。出発する」


ガルファはそう呟いて軍を出発させる。







▼▼▼


今回帝国は軍を扇形に展開している。

前回は四方の前衛を盾と槍、後衛を騎兵と補助魔法師、中心を遠距離魔道士で固めた『ウヤヅナの壁』を展開していた。

これは守りに特化させながら、騎兵による突進力で相手を撹乱させる型だ。


しかし、今回は守り、持久戦をしなくていい。

前回は相手の物資を枯渇させ兵士を疲弊させるための戦いだったが、今回は確実に仕留める戦いだ。


相手を囲む扇型の陣形で向かわせて制圧する。


「順調だな」


行軍中に問題を起こすような訓練はしていないとはいえ、やはり将軍というのは部下を重んじるものだ。


しばらく行軍していると偵察部隊から連絡が入る。


『ガルファ将軍に連絡。

アスタン軍の兵が撤退していきます。どういうことでしょうか』


「撤退だと?」


ここで撤退。怖気付いた?いや、そんなはずはない。


「となれば、籠城作戦か」


アスタンは外周を巨大な砦で覆っている。そうなればコチラの制圧も難しくなる。

だがそれは悪手だ。

籠城戦は確かに効果的ではあるが、今のアスタンには物資も無ければ、王国からの援軍も期待出来ない。その状況で籠城などしたら最初の2、3日は問題ないが後が続かない。


それが分かっていたから行軍させ、戦わせたのだからな。


「だとしたら、逃げたか…?」


そんな事は有り得ない。アスタン側が行うべき行動は少しでもコチラの戦力を削ぎ落とし、警戒心を与えることであり、撤退など以ての外だ。


「……相手の意図は分からんがコチラの目的は変わらない。そのままアスタンに進軍する」


相手が何を企んでるとはいえ、コチラの勝利条件はアスタンの制圧、ただそれだけだ。


『では、私達はアスタン兵を追いましょうか?』


「ふむ、そうだな。不安の種は潰しておいて損は無かろう」


『了解』


そうして通信が切れる。


相手方の不可解な行動、一度ジルドレに連絡しようと水晶に手を伸ばした瞬間に思い出す。


「今、何時であったか」


ジルドレからは十分に一度連絡を入れると伝えられている。もちろん戦前にはコチラから連絡を入れるが、それまではジルドレから通信がかかるはずだ。


相手方の不可解な行動で頭を使っていたせいでそちらに対応出来ていなかったが確実に前から十分以上経っている。


ガルファは急いで懐から通信用の水晶とは別の小さな水晶を取り出す。これは通信用とは違い、文面で即座に送ることは出来るが一方通行であり、一度しか使えない消耗品だ。


その水晶を引っ張り出すと水晶の中には文字が浮かび上がっていた。それは帝国の暗号で分かりにくいが。


「襲撃された……だとッ!?

何故?いつだ?どのタイミングだ?!」


進軍させながらグルグルと頭を回転させる。

アスタン兵は今撤退しているはずだ。何故我々の拠点を襲撃出来る?!


「……まさか」


ガルファは直ぐに魔道水晶で偵察部隊に通信を繋げる。


「おい!聞こえるか!?

お前達のいる場所からアスタン兵は何人見える!?」


『ハッ!ここからですと、恐らく第一部隊と思しき兵が見えます。恐らくは三百名程かと…』


ゾワリとガルファの背筋におぞましい何かが通り過ぎる。

ここら一帯は平原で見晴らしがいい。だが、偵察には適していない。なぜなら凹凸が殆どないからだ。よって敵軍を俯瞰して見ることが出来ず、敵兵の後ろ姿に隠れている向こう側は見えない。


「あぁ、そうだ。アスタン兵が拠点から撤退すれば拠点には誰もいない。誰もいないのであれば全軍が撤退していったのであろう。だがそれは、そう思わせるための罠だ。少数の兵士を囮にし、我々の拠点を目指す部隊を隠すための!」


部下からの報告を額面通り受け取ってしまった事に責任を感じるが、今はそれを振り切る。


拠点を襲撃した意図は何か。

先ず、どのようにして我々の軍をすり抜けたのか。いや、今はその事については気にする必要はない。

アスタン兵がどのような行動をとっていたとしても、既に拠点を襲撃した事は事実だ。

となれば、先ず考えければならないことは『何故拠点を襲撃したか』だ。


「物資の輸送経路を断ち、共倒れする作戦か…」


いや、アスタンと帝国はそれなりに近い位置にある。それに拠点を襲撃してもジルドレが逃走経路を確保していない訳が無い。逃げられるだろう。

となれば物資の輸送経路を瞬時に確保し迎えに来るはずだ。


そう考えれば、アスタンが、選択した行動は悪手。


「進軍だ!!迷うことは無い!

このままアスタンまで突き進む」


兵がいないとなれば好都合だ。

このままアスタンを攻め落とし、物資の補給を待てばいいのだからな。


ガルファは兵を構わず進軍させる。





▼▼▼


ジルドレは小麦色の長髪を揺らしながら馬車に乗っていた。

数十分前、拠点にたくさんのアスタン兵が押し寄せ、兵達を縛り上げていったのだ。


「追手はありません。逃げ切りましたね」


部下の言葉を聞き、安堵と共に疑念が渦巻く。


「性質が変わっている?」


昨日の戦と今日の戦、明らかに性質が違いすぎる。

昨日の戦は全ての物資を投げ打ってでも退けたいという意思を感じた。先を見越した考えができない現場指揮タイプ、恐らく軍師が不在なのだろう。結局撤退を強いられた。


そして今回の戦は拠点を奇襲している。明らかに搦め手を使う軍師タイプ。


前者と後者では明らかに性質が違いすぎるのだ。

指揮官が変わったと思うのが普通。となればこの奇襲には何か意味があるはずなんだ。


「考えろ。アスタン兵は何をしているんだ?!」


【いいか?ジルドレ。

戦っていうのは始まる前までは情報戦だ。その後は流れを読む才能が必要となってくる。

戦略っていうのは二つを掛け合わせたものだと思えばいい。

より多くの情報の中から戦場の流れを読み、一番効果的な戦略を組む。

だからな?ありとあらゆる本を読め例えそれが料理本だったとしてもだ】


ふと、友人の声が頭に響く。


「今、この現状で一番効果的な戦略。

俺達がやられて一番困る戦略…」


ありとあらゆる情報。ここは平原で両サイドをチャペル森林がある。俺達は真っ直ぐ進軍していて…そして……。


「……まさか。

いや、だがもし本当に僕の考えている事が正しかったら、…そうしたら……」


全滅だ……。





▼▼▼


その頃、ようやく敵の無人拠点へと到着したガルファ将軍は最近まで使われていたであろうテントの近くであるものを見つける。


「なんだ……これは…」


それは高く積み上がったキルラビットの死体だった。


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