希望は無い、絶望も無い
女騎士、リシア・キューリーは苛立ちが隠せなかった。
貴族に対して無礼な応対、ニヤニヤと気持ちの悪い笑を浮かべる姿を見ただけで切り殺してやりたい気分だ。
彼が出ていったドアから視線を紀伊長殿に向ける。
「紀伊長殿、アヤツは信用なりません。我々に対してあの態度をとり、あまつさえ名誉ある職を断ったのです」
「リシア嬢、申し訳ない」
そう言って深く落ち込む智にリシアは侮蔑の目を向ける。この男の背中に誇りなどない。
「私はアスタンに残る。貴様は街を去るがいい」
もうコイツも必要ない。
アスタンを守れるのは我々騎士団だけだ。
私は屋敷を出て騎士団のいるアスタン砦に向かう。
街を囲む巨大な要塞、アスタン砦に向かうと兵士達が戦争のために訓練をしていた。
「勝ってみせる。王国、そしてアスタンのために」
拳を握りしめ、決意を固める。今この国に軍師はいない。なら自分がなれば良いのだ。戦場へは何回も出ている。
その経験を活かせばいい。
私は部下を呼び出し説明する。すると部下はハッキリと頷いてくれた。
▼▼▼
帝国兵が出発していた。
その知らせを受けたのは軍師となり、部屋で情報を纏めている時だった。
「有り得ん!!何故こうも早く!」
「新人兵を国に配置してベテラン兵士だけ連れてきていたようです!私達が監視していたのは新人兵でした!
恐らく監視に気が付き、隠れながら出発したのでは」
「 チッ、騙されていたというわけか!!
我々騎士団も数百は出す!今すぐ増援に迎え!!」
「ハッ!!」
敬礼して去っていく部下を見たあと、直ぐに机に置かれた数個の魔道水晶を機動させる。
「一番隊、二番隊、三番隊!!
これより迎撃作戦に入る!準備をしろ!間に合わなければ時間稼ぎをして何とか耐えるんだ!!」
『『『ハッ!!』』』
「くっ、帝国兵と接的する前に気づけたのは不幸中の幸いと言うべきか」
しかし、時間はない。直ぐにでも帝国兵が現れるだろう。その前に準備が完了出来ればいいが。
『一番隊、帝国兵を目視!!これより迎撃を開始します!』
『二番隊、帝国兵を確認、迎撃に当たる!』
『三番隊、帝国兵を確認、迎撃に当たる!』
「何っ!どういう事だ」
戦闘が行われているのサハル平原、私達の部隊は一番隊を前に起き、そこから下がった両サイドに二番隊と三番隊を配置していたはず。
横を取られたのかっ!?
「四番隊、どうなっている!」
『コチラ四番隊!恐らく帝国兵はチャペル森林を超えてきた模様です!』
「チャペル森林は上級の魔物が多くいる場所だぞ!?そんな所を通ってきたのか!」
『それなりに被害が見られますね。一番隊と接的している帝国兵に比べれば兵士の量が圧倒的に少ない、ですがそれでも我々にとっては脅威の数です!!』
元々田舎街なため王都に比べれば兵士は少ない。しかし、それでも戦いに支障が出るほど少数では無いはずだ。
「クソッ、それほど我々を潰したいか!!
二番隊、三番隊耐えろ!!耐えるんだ!!」
『『了解』』
今日を耐え忍べば体制を立て直せる。それに王都に増援を求める事も可能だ。
私は部下に増援の手配をさせるため命令を飛ばす。
『コチラ三番隊、前衛が崩れた!直ちに撤退する!!』
『コチラ二番隊、同じく撤退する!!』
「っ!!不味い!!
四番隊!!魔法や投石機を使い両サイドから攻めてくる帝国兵を牽制しろ!!決して一番隊を孤立させるな!!」
一番隊の孤立、これは絶対に阻止しなければならない。前後から挟まれ全滅しかねないからだ。
一時間、彼らが体験した時間は正に地獄の様だった。両サイドから攻めてくる帝国兵に混乱され、満足に準備することが不可能だった二番隊、三番隊は三十分程度で撤退。
それからは四番隊が帝国兵を牽制させていたが、いつくるか分からない帝国兵達の撤退や、徐々に減っていく物資や魔力に心を押し潰されながら戦い、一番隊は背後から迫る帝国兵に冷や汗を流すばかり。騎士団が到着し、少しは盛り返したものの現状維持にしかならない。
そんな心を潰す一時間を味わい、帝国兵達はようやく撤退して行った。
「休養を取ってくれ、帝国兵は部下が監視している。瞬時に戦場へと迎えるように準備だけは怠るなよ。以上だ」
そう言って私は魔道水晶の通信を切って椅子に倒れ込む。
敗北。
その二文字がグルグルと私の頭で回っている。翌日、明け方には帝国兵が再度攻めてくるだろう。もう終わりだ。
牽制のため遠距離武器である投石機や弓矢などは使い切ってしまった。魔法も魔力切れになっている者が殆どだろう。
二番隊と三番隊は奇襲により戦力が落ち、一番隊は精神的疲労がピークに達している。
翌日の朝までには完璧な状態で戦えるだろうが、それは相手も同じだ。今度こそコチラが敗北する。
「クソッ...」
逆転の一手など思い浮かぶはずも無い。
私は机に突っ伏して資料の山に顔を埋める。
今日、どれだけ仲間の悲鳴を聞いただろうか。水晶から流れる仲間の叫び声。死んでいった仲間達。
「私が殺してしまったようなものだな…」
私の背中には何千人もの兵士達がいる。私はそれに押し潰されるように資料の山を滑って地面に倒れ込む。
「これから、仲間は死んでいくのだろうか?私の命令で戦場に立ち、私の命令に従い死んでいくのだろうか?
クソッ、...クソッ!」
目に涙を為なら拳を地面に叩きつける。
「何かないのかっ!!何か、現状を変えられる何か!!」
ふと、私の服に目がいった。そして、その胸に飾り付けられたキューリー家のブローチ。
『ま、そこの騎士さんが『堕ちる』なら、考えてやらん事もない、ヒヒヒ』
私は直ぐに部屋を飛び出した。部下の制止も聞かずにただただ走る。
まだ間に合うはずだ!!