堕ちてみろよ
………嫌な予感はしてたんだよなぁ。
俺は広い豪奢な部屋の中のベットで目が醒める。
恐らくは貴族の部屋だ。
頭の中に大量の疑問符が浮かび上がるが答えは出ない。
「あぁ、酒飲みたい」
ここがどこで、なんのために連れてこられたのかは分からないが、この高級ベットの寝心地は最高だ。これに加えて酒もあり、女がいるなら文句はないね。
「そういえば最近行ってなかったな」
一昔前なら毎日娼館に赴いたものだ。女の酌、夜遊び。ダーツやカードをやって驚かせたなぁ。
「ま、結局は出禁くらっていかなくなっちゃんだよねー」
あの時は金が無くてずっと借金溜め込んでたからな。当然の処置だろう。
「さて、もう一眠りしますかね」
「待ってもらおうか」
再び眠ろうとした時、扉が開いて恰幅の良い男と鎧を身に纏った女騎士が入って来た。
「おやぁ?これはこれは、まさか紀伊長家だったとは、驚きだねぇ。跪いたほうがいいかい?」
紀伊長家。
武家として王国に仕えている家柄で、紀伊長家は優秀な軍師を輩出している。誰もが知っている名家だ。
そして、この目の前のお方こそ紀伊長家当主、紀伊長智だ。
「いや、構わない。先ずは座ろう」
正直このまま布団に入りながら聞きたいところだが、面倒な事になりそうなので仕方なくベットから這い出て、椅子に座る。
「さて、君を呼んだのは他でもない。実はね。お父様が急死したのだよ」
お父様、確か王国で活躍している【軍神】透水だったか。だとしたら王国は終わりかな?頭を失ったんだから。
「さて、それで?俺をここに呼んだ理由は何かな?」
「あぁ、君にはこの街を守る騎士達の頭になって欲しい」
ふーん、つまり軍師になれと…。透水の死、その影響は田舎にまで響くようだな。智は、知識こそ持っているが軍師では無い。だからこそ、多額の金を使って戦争シミュレーションゲームを作り上げ、適正のある人間を探していたと。
となれば和也も一枚噛んでるな。アイツと俺はシーシスト学園で時代の友人だし、俺が戦争集団運用論をの授業を受けていたことを知っている。
まぁ、受けていただけで話は聞いてなかったがな。
しかしな、そうか、なるほど、なるほど。
俺はそこまで考えて頷く。
「うん、断らせてもらう」
スッパリと断った。
「な、何故だっ!
確かにアスタンは田舎街ではあるが軍師となればどれだけの名誉が与えられるか!!」
「名誉はいらない、金もいらない」
あぁ、わかってないな。
立ち上がって扉へと向かうがドアノブに手を掛けた瞬間、首筋に剣が向けられる。
「なんの真似だ?」
「貴様は首を縦に振るだけで良いのだ」
女騎士は殺気を強めて睨む。そこには自分達の命令を断ったという怒りと平民に対しての侮辱の色がある。
きっと彼女はこう思っているのだろう?
何故我々に従わない?何故我々の前で無礼な口がきけるのだ?平民の癖して。
俺は剣を掴む。刃が俺の手を切り、血が膨大に流れ出るが構わない。
「なぁ?おい。あまり怒らせるなよ」
笑えない。何時ものようにニヤニヤと余裕たっぷりに笑えないじゃないか。嫌になる。
女騎士は剣がまったく動かないのに驚愕しているが知ったこっちゃない。
「リシア嬢、剣を引け!」
リシア、リトビア公国の人間か。
俺の血が止まらないのを見た智はすぐに剣を引かせる。
「どうにか分かってもらえないか、【虚偽王】」
「へぇー、俺のこと調べたみたいだね。じゃあさ、もう一つも知ってるだろう?」
「分かっている!だがどうか頼む!!
栄水君には私の父と同じ可能性を感じるんだ!!」
【栄水!君ならあの透水と同じものを持っている気がする。一緒に戦術集団運用論を学ぼうじゃないか!!】
.........前にも似たような事を言われたな。
「知らねぇよ」
何故俺がそんな事に手を貸さなければならない?滅ぶなら勝手に滅べばいいのだ。
「ま、そこの騎士さんが『堕ちる』なら、考えてやらん事もない、ヒヒヒ」
ま、無理だろうがな。
俺は扉を開けて外へ出る。長い廊下と高級な絨毯と高級な壺。
売ったら高そうだと思いながら、メイド達の制止も聞かずにズカズカと歩いて外へと出る。
街を歩き、たくさんの街並みや流れる人々が地獄絵図となっていく惨状を思う。
「それでも俺の心は動かんのよねぇ」