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堕落者の憂鬱軍師思考  作者: 淀水 敗生
気水奪還篇
25/27

捜索


「ま、宿無しよりかはマシかな」


俺達は街の中心地から少し離れた廃屋に隠れ住んでいた。木材は腐り掛けており、屋根も所々穴が空いている。ギリギリ家の体裁は守っている状態だ。

腐って崩れ落ちた角材の上に座って、中から飛び出してくるムカデを指で弾く。


「それで?これからどうすんでい?」


黒い服に身を包み、顔の半分を黒髪で隠した小柄な男は持ち物を床下の土の中に埋めながらこちらに目を向ける。

他の騎士達も同じようなことをしているがこれは所持品を盗まれないためだ。


「とりあえずは情報収集からだろう。酒場で適当に酒でも飲みつつ会話を聞いてれば少しは情報が集まるだろ。千春から気水を乗せた馬車がこの街にいる情報はもらってるからな」


まぁ、滞在もせずに通り過ぎていたらどうしようもないわけだがな。それにパプアルに敵兵が入ったという情報が入ればすぐにでもパプアルから出て行こうとするだろう。


「よし、リアン、ニーシャ、ボルン、アイル、マリア、テリジアスは街の中で怪しい馬車を探してくれ。そうだな、地味で窓がなく中の様子が一切見れない馬車がいたら知らせてくれ。正純とリシアは情報収集だ」


「わかった。しかし栄水はどうするのだ?」


「俺も情報収集くらいはしておくよ」


まぁ、正直に言えば働きたくない。俺はボロボロの庶民服に着替え終えた騎士達が廃屋から去っていくのを見届けると、懐から千春にもらった

千本鼠(ピグモット)】を取り出す。


「ピーッ!」


ピグモットは抗議するように針を立てながら掌でゴロゴロする。


「いてっ!悪かったよ!

ここまでかなりの強行軍だったからな。下手に出したくなかったんだ」


「ピーッ!」


しょうがない、と言わんばかりに針をおさめて顔を上げる。


「ピグは酒屋の『アレス』に言ってピスコにこれを渡してきてくれ。筋骨隆々で酒好きで野蛮人みてぇな男だよ。ま、行けばすぐにわかる」


そういって小さく丸められた羊皮紙をピグモットの針に刺す。ピグモットは不快感を表しながらも仕方なく栄水の手から飛びを降りて廃墟を出て行く。


「さてさて、人探しは数が重要だからね。元帝国軍人なら多少派手に動いても怪しまれない」


栄水はニヤニヤと笑みを浮かべながらフラフラと廃墟を出て行く。



▼▼▼


馬の嘶きと共に一人の男が鞍から飛び降りる。血を浴びて青黒く変色したマントを揺らしながら馬を引く縄を縛り付けて屋敷の中に入っていく。

黒い三角屋根と長い年月が経ち黒く汚れた煉瓦の屋敷。男は重厚な扉の前に立ち三回ノックをしてから返事がないのを確認し、一回、そして二回と感覚を開けてノックする。


ガチャリと金属の重苦しい音がした後、ゆっくりと扉が開かれる。向こうに立っているのは額に傷を持つ巨漢の男だ。鍛え上げられた筋肉は鋼のような硬さを持ち、服の下からでも相手を圧迫するような気迫をみせている。


「ジルドレ様ですか、お待ちしておりました。どうぞコチラに… 」


「うん、ありがとう」


ジルドレは優しげな笑みを見せながら屋敷に入り、赤色の絨毯の上を歩く。屋敷の中は物が置かれておらず簡素であるが、金色で縁取られた絨毯や傷一つない滑らかな木製の壁など玄人にしかわからない芸術がある。


「よぉ、待ってたぜぇ」


ジルドレが屋敷の中の一室に入ると、低い重厚な声が響く。部屋の中は広く中央に丸いテーブルが置かれ、そこには三人の男が椅子に腰掛けていた。


扉から一番離れた北側に座るのは巨漢の男だ。丸太のような太い腕を胸の前で組み、獣の毛皮を羽織る姿は騎士というより野盗にみえる。椅子が小さく見えるような巨大な身体からは絶えず鬼迫が発せられている。

名はガヴェウィン。


東側に座るのは少年だ。身長は160cmくらいだろうか。ガヴェウィンと比べると更に小さく見える。

布を纏って腰のあたりを紐で結んだだけの姿で、隙間からは透き通るような青白い肌がみえる。髪は白く大きな黒目の下には更に真っ黒なクマができている。

名はシティリア・フェレス。


西側に座るのは武人然とした揺らぎ無い姿勢の男だ。腰まで伸びた銀髪は荒々しく、目は狼のように鋭く前を見据えている。鍛え上げられた筋肉には無駄がなく、何度も熱せられ叩き上げられた刀のように研ぎ澄まされていた。

名をバン・ホントロール。又の名を『白銀疾走シルバーウルフ



「待たせてしまって申し訳ない。七聖騎士の方々」


ジルドレは扉から1番近い椅子に座っていつも通りニコリと笑みを浮かべる。


▼▼▼


扉の横で四人の男達の会話を聞くのは帝国騎士団第3師団、ウェロニコ・ハルハード。気水をこの屋敷に連れてきた額に傷のある男である。


ウェロニコは手から汗が吹き出てくるのを感じながら四人の会話を見守っている。

ここにいるのは帝国の『力』の象徴である七聖騎士の三人だ。そして帝国に来て数年で帝国軍軍師部長にまで上り詰めた元王国人ジルドレである。


ウェロニコからしたら雲の上の存在である四人がこうして屋敷に集い会話をしているのが、夢のような状況なのだ。

それだけ気水の存在が今後の帝国にとって重要な存在であることがわかる。


ウェロニコはゴクリと喉を鳴らしながら会談を見つめる。


「さてさて、グレゴリアに言われて来たわけだがよぉ。実際のところは何も知らねぇのよ。

知ってるのは気水っていう嬢ちゃんを攫ってきたって情報だけだ。なぁ、俺達三人が呼ばれるほど気水っていう嬢ちゃんは重要な存在なのか?」


ガヴェウィンはテーブルに片腕を乗せながら、ジルドレに問う。

ウェロニコは今まで気水の監視をしていたので能力の一端は把握している。相手の表情や仕草からコチラの内面を読み取ってくるのだ。まるで研究者のような無機質な目で内面を覗かれる不快感はウェロニコの精神を疲弊し続けたほどだ。


「彼女は重要な存在ですよ。

名は竹田気水たけだきすい紀伊長家から派生して生まれた家です」


「タケダぁ、キスイぃ?東人かよ」


「えぇ、竹田気水には紀伊長明きいのながあきの血が流れています」


「ごめん、ちょっといいかな?

僕は竹田も紀伊長も東人も知らないんだけど、説明を求めてもいいかな?」


「シティリア殿は知らなくて当然かな。

王国は昔、帝国や神国と比べて取るに足らない弱小国家だったんです。そこに東の果て、極東から海を渡って王国に入ったのが紀伊長家初代当主、│紀伊長明きいのながあきだったのです」


「極東に住む鬼の話は聞いたことあるか?

極東ってのはよォ、小さい島国でしかないんだが、そん中で東人は年がら年中戦争して戦ってるんだァ。そらもう数百年もだ。

俺達も戦争しちゃいるが必ず間に平和な時期が入る。だがあいつらは休み無しで斬った斬られたの毎日だ。そんでつけられた渾名が鬼人、鬼ヶ島」


「そんな島から来た長明は当時の王家にかなりの高待遇で迎え入れられました。東人は言わば戦争のプロフェッショナルです。王国は現状を打破するために鬼人に賭けたのでしょう。そして、賭けに成功したのです」


「そんで王国は列強国に肩を並べるまでに至った。

そんな紀伊長家から派生して生まれた竹田家に生まれたのが気水です。

そして、なぜ今回無理を承知で気水を攫ったのか、それがコレです」


そう言ってジルドレは一枚の紙を見せる。

バンとガヴェウィンはそれが何かわからなかったようだが、シティリアは目の色を変えて驚く。


「……へぇ、これは、うん。確かに欲しい逸材だね」


「シティリア、わかりますか」


「うん、まぁそりゃぁ魔術をかじったことのある人間なら誰もが夢見ることだからね」


「おいおい、シティリア!なぁにが書いてあんだよ」


ガヴェウィンは紙を覗き込みながらシティリアに問う。帝国文字、古代アハト帝国文字、古代パルシャワン文字、王国文字、神聖ハバノックの血門文字、など様々な文字が存在するが、紙にはそのどれでもない奇怪な文字の羅列がビッシリと書かれ、魔法陣と思しき落書きが書いてある。


「これはさ、古代文字だよ。僕も完全にはわかんないけど、そうだね。失われた文明。クルトワの文字だ」


クルトワ、失われた文明。かつて世界はクルトワ人によって支配されており、巨大な文明都市を作り上げたと言われている。しかし現在はその文明は時代の流れの中で消滅していき、残されたものは王国の『神聖バロヴァニア』と神聖国家が保有する『神前結界』、帝国が保有する、『神であり、人である(ユーリア)』だけである。


「クルトワ文字が使えるってことは古代兵器が理解できるってことだ。ってことはさ。彼女は古代文字が理解できて作れるってことだよね」


「マジかよ...」


唖然と口を開ける。誰もが夢見る古代の魔法。無理難題と匙を投げられた文明。それを理解できる人間が現れた。


「シティリアさんの言った通り、彼女はクルトワ文字が理解できます。そして、実際に彼女の協力により、擬似古代魔法を作り上げることに成功しました」


「古代魔法を作ったのか!!!」


「はい、魔術元帥五人分の魔力量を必要としますが可能です。名は『神獣の一角(メロメス)』、現在行われているアスタン襲撃の際に一度使いましたが、神聖バロヴァニアの結界を崩すことに成功しました」


神聖バロヴァニアの崩壊、その言葉を聞いた瞬間にウェロニコの体に熱が流れる。ガヴェインがそれを聞いて馬鹿笑いをあげているが、自分もこの場でなければ笑っているだろう。帝国掲げる道は覇道の道、天下統一の道だ。これまで何度も帝国は王国に戦争を仕掛け、善戦してきているがそれでも攻めきれないのはアスタン砦が存在するからだ。アスタンが存在することによって、帝国兵は遠回りをしなければ王国には攻め込むことができなかった。


「ですが、『神獣の一角(メロメス)』は使い勝手の悪い粗悪品です。今回、神聖バロヴァニアの結界を破壊するために魔術師を数百人集めて発動させましたが、全員魔力を失い、魔力欠乏症になり、半数が死にました。

より完璧な古代魔法を作らせるには帝国に連れていくしかありません」


「なるほどなぁ、それだけ重要な存在である事はわかった。それで、俺達の仕事はなんだ?」


「出発は早急に行わなければなりません。よって出発は明朝、あなた達には竹田気水の護衛に付いてください。恐らくですが、今夜に王国の騎士達が攻めてくるでしょう」


「ま、そりゃあ誰だって欲しがる人材だわな。王国も取り戻すのに必死だろうさ。だが、ここの屋敷はまだバレてねぇんだろ?」


「いえ、もう既に見つかっていると考えるべきです。

ホントロールが敵と接触し抗戦したそうです」


そう言うと全員の視線がバンに向けられる。

今まで一言も話すことなく、腕を組んで座っていたバンはゆっくり目を開ける。


「我が敵と接触したのは国境近くの森だ。怠惰な男と黒服の娘、怠惰な男の名は知らないが黒服の女は千春と名乗っていた。

黒服の娘と刃を交わしたが、倒すのは難しいと判断し逃亡した」


バン・ホントロールの逃亡。この報告に誰もが驚く。

白銀の狼と恐れられた最強の一角。七聖騎士の一人。


「黒服の娘、恐らく王家が保有する部隊の一つ、隠密部隊のメンバーでしょう。

彼が苦戦するほどの強者ならば、おそらく隠密部隊隊長だと考えられます」


「隠密部隊隊長か、なるほどなぁ。そりゃあ狼野郎でも手こずるわけだ」


「隠密部隊、確か王国が保有する三つの部隊の一つだったよね。遊撃部隊、隠密部隊、殿部隊だっけ?」


「正確には王家が保有してるな。

隠密部隊は別名情報部隊と呼ばれててな。情報収集の技術に関しちゃ右に出る存在はいねぇよ。紀伊長明の時代から連綿と受け継がれ、進化してきた技術だ。

おいそれと真似できる類のもんじゃねぇな」


「なるほどね、そんな人達が相手ならコチラの存在が知られるのも道理って事か」


「そういう事です。十中八九知られていると考えて動くべきでしょう」


「なら僕は」


「報告します!!!」


シティリアが話し始めた瞬間、一人の兵士が部屋に入ってくる。

突然の乱入者にシティリアはムッとするが口を閉じて兵士に視線向ける。


「何者かに国境門を突破されました!」


「おいおい、うちの警備はどうなってんだァ?」


「それが、門の修復作業中に突破されたみたいでして…」


「何人いましたか?アスタンは現在は我々の部隊が襲撃している最中です。増援に割ける人員などほとんど残っていないでしょう」


「それが…」


兵士が顔を蒼白に染めて言い淀む。

言葉にするのを躊躇っている様子だが意を決したように口を開いた。


「一人、なのです」


兵士の言葉に全員が驚愕する。

一人?いくら国境警備隊の騎士達が襲撃後で疲弊しているとはいえ1人に突破されるわけがない。


「黒いコート、顔はフードを被っていたため性別は不明。

腰に六つの短刀を腰に差していました」


静まり返る室内、誰しもが新たな敵の存在に思考を巡らしている。シティリアは怠そうに、カヴェウィンはにやりと笑みを浮かべ、バンは目を閉じていた。


その中で一人、ジルドレだけが目を細めて過去の記憶を辿っていた。


黒いコートに六つの短刀。


「…来ますか」


彼が立ち上がるのと同時に零した言葉は椅子の足が床を叩く音によって簡単に消されてしまう。


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