国境壁9
光の柱は地上から斜めに飛びており、アスタン砦の上を掠めるように伸びていた。神聖バロヴァニアの結界は上空に巨大な穴を開けられた。
そして再度ノック・フィヴァルドの赤い光が見える。
「くっ!」
ペールが砦の上で破壊された結界見て歯を噛み締める。
「司令官!大変なことになりやしたねぇ!」
魔法士のヤルガンがローブを揺らしながらコチラに走ってくる。魔法士にしては剣を提げており、鍛えているため腕も太い。赤い髪と無精髭の似合う魔法剣士だ。
「えぇ、もう少し時間を稼げるとは思っていましたが…」
「今はごちゃごちゃ言っても仕方がねぇ。
先ずはノック・フィヴァルドを防ごうぜ!」
ヤルガンはニヤリと笑って左の腰に提げてある杖を手に取ると真上に掲げた叫ぶ。
「テルノ・マカーシュ!!!」
壊れた結界の穴に被せるように現れた赤い半透明の膜が現れて、流星のように降ってくるノック・フィヴァルドを受け止める。
「お見事です!ヤルガン!!」
「あれくらいだったら何度だって受けてやるよ。
もう一度あの光の柱が来る可能性は低いだろうが、これからは上空からの魔法射撃が増えてくる。俺たち魔法士の踏ん張りどころだ」
「何故?…いや、なるほど」
ペールは先程の光の柱について考える。あの柱は神代の魔法ではない。現存している神代の物語や出土物などにあのような光の柱は存在していなかった。でも神聖バロヴァニアの結界を崩す程の力を持っているとすれば帝国のやっていることは…。
「神代魔法の研究ですか…」
「あぁ、そしてあの光の柱を見るに成功しているようだな。ただあれだけの魔力質量だ、バカスカ撃てるもんじゃねぇ。それに直接アスタン砦に撃たなかったのはアスタン砦に使われている古代の砦と魔法を研究するためだろうな。
連中が欲しいのは砦の中じゃなくて砦そのもの。これからは中を排除するためにひたすら、真上からの魔法射撃が来るだろうよ」
そう言っているうちに、空が真っ赤に燃える。
「ちっ!ノック・フェルトか!
おいテメェら!!ぼさっとしてんじゃねぇぞ!!」
ヤルガンは神聖バロヴァニアが壊されたことによって放心している魔法士達に喝を入れる。
「このまま死にてぇのか!
テルノ・マカーシュ・トラフィジオの準備だ!急げ!!」
ヤルガンは近くにいた部下の尻に蹴りを入れながら叫ぶ。そうしてやっと現実に戻ってきた部下達はヤルガンの統率力により、一糸乱れぬ行動を発揮する。
その動きを見ながらペールは部下に指示を飛ばす。これからは魔法戦だ。魔法を使える者はヤルガンのグループに回して、使えない者はありったけの回復薬を用意するように伝える。
それぞれ汗だくになりながらも砦の中を駆け回る姿を見ながらペール砦の外、帝国軍が駐屯しているであろう方向を睨みつける。
「あと、あともう少し」
◆◆◆
順調だ。
神聖バロヴァニアに光の柱が撃ち込まれた翌朝早朝、駐屯地でジルドレは数百人で構成された魔法士軍を見ながらそう思っていた。
光の柱。『神獣の一角』によって神聖バロヴァニアの結界に風穴が空いた。後はそこにひたすら魔法をぶち込むだけだ。最初は魔法士達によって結界を貼られるだろうが持久勝負となればコチラの勝利は揺るがないものとなる。
そう、もう負けるはずがない。
それほどまでに順調だ。
「順調、なんだけどね」
どうにも不安が消えない。順調であるからこそ不安なんだろう。
「いや、本当にそうなのか?」
一番の違和感はなんだ?
ワイバーン、そうワイバーンだ。どうやって栄水はワイバーンを砦に向かわせたのだろうか。
「……栄水、そこにいないのか?」
でもワイバーンを連れてくるためだけに砦の外に出るだろうか?
「いや、違う。違うだろう。だって帝国はあの子を握ってるんだから!あの子の有用性は王国こそ一番分かってる!!」
なんて馬鹿だったんだろうか。そんな無謀なことをするはずがないと思っていた。だから頭の中から抜け落ちていたんだ。でも相手は栄水だ。無謀なことを簡単に実行するような男だ。
ジルドレはガヴァルタを呼び出して馬の準備をさせる。
「ジルドレ様!軍師ジルドレ様!」
馬に乗って手綱を握った瞬間、部下の一人が大急ぎでジルドレのもとにやってくる。
「どうかした?!」
「帝国の!帝国の国境が数人の騎士達に突破されました!!」
「なっ!!」
ジルドレはギリギリと音が鳴るほど歯を噛み締める。
確信がある。栄水だ。
国境を突破するなんて馬鹿げた発想はあの男にしかできない。
「何時の事だ!!」
「恐らく昨日の昼頃かと!」
「『神獣の一角』より前のことか。となればもう帝国領には入っていてもおかしくない」
ジルドレは一刻も早く帝国領に戻るため、馬を走らせる。
▼▼▼
いや、いやいや。確かにさ。軍師の真似事をしてさ。まぁ、ある程度は評価されることになったよね。
うん、でもこれはねぇわ。
「は、はははは!!!
いやぁ!馬鹿だ馬鹿だと思ってたが、馬鹿すぎやしないか?!?!
自信満々に掲げた作戦が正面突破って?!?」
「いや、旦那!これはアリですぜ!
姉御は脳筋だがバカじゃない!あんただって正面突破が最適ってわかってたでしょ!!?」
確かに薄々わかっていたことだが、これは無い。
確かにこの作戦は悪く無い。なぜなら、現在この国境は前線に物資を運ぶための通路としても使われており、下手に追っ手に人員を割けないため、突破した後、そのまま逃げきりやすい。
そう突破した後のことを考えれば、馬車を止めて戦って出発するより、そのまま突破して逃げ切ってしまえばいい。コチラはできるだけ後からくる帝国兵達と距離を取らなければならないのだから。
「ハイリスクハイリターンなんてもんじゃねぇよ。
確かにハイリターンがあるけどハイリスクなんて言葉じゃ比べられないほどのリスクじゃねぇか」
「ははっ!まぁ、そう言わんで下さいよ
姉御はあんたに憧れてんだ」
「…あこがれ、ねぇ」
「別に強さに惚れ込んでるわけでもねぇです。逆に智謀に惚れ込んでるわけでもねぇ」
「へぇ、じゃあ何に惚れ込んでるって?」
「そりゃああんた、人柄ですよ」
人柄、人柄かぁ。酒にギャンブル。朝帰りなんて当たり前。いつもボロボロで服を着ていて覇気がなく、その癖ニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべる。
「よりにもよって人柄かよ」
「えぇ、まったくですよ。姉御の男運は悪過ぎだ」
二人はゲラゲラ笑いながら前を見る。
馬に乗り、勇猛果敢に突撃する後ろ姿。
「落ちた?
冗談抜かせよ。立派な聖騎士じゃねぇか」
自分とは正反対の女性に思わず笑みを浮かべる。